リトル・ワンダーズについて、違和感を書いてたら長くなってしまったので・・・
好きな人は好きな映画だと思います。
むしろ、私がつまらんことをぐだぐだと考えすぎな気がします。
ネタバレ注意!!!
北欧のロッタちゃんなりエッラ、オットーが、子ども特有の頑固さや自分本意っぷりを発揮しても、周囲がそれをちゃんと見守っていて、『自身と他者、世界ときちんと折り合いを付けながら成長してくのだろう』と思わせてくれたり、スクラッパーに描かれたイギリス労働者階級の女の子たちが『どういう形であれ、社会の中でしっかりタフに生きてくんだろうな』とそれなりに前向きなイメージを想起させてくれるのに対し、リトル・ワンダーズのキッズたちはなんか危うい。それは映画の中で彼らの『可愛い』だけが切り取られ、16mmフィルムという映像の質感に誤魔化され、彼ら自身が成長してる雰囲気や彼らをしっかりと見守る大人たちの存在が見えないからな気がする。
実際、倉庫の鍵破壊して忍び込んで新品のゲーム機盗むとか彼らの万引きに気付いて追い掛けてきたスーパーマーケットの店員にお手製らしいペイントボールガンを撃って逃げる(当たるとそれなりに痛そう)とか、やってることが割と本気で犯罪者なんだよ。本物の銃じゃないなら、狙ったのが足なら許されるの?
大体、万引きする気満々の卵を取られたから取り返す、とか全然腑に落ちてこないんよ。だから、女の子が「絶対取り返す」って言っても、表情が可愛いだけで内容はちっとも心に響かない。だってそもそも『それは君たちの卵じゃない』からね。
それで悪の一味(らしいが、その内容が『密猟』しか見えないのでその重大さがよく分からん(のは私の見識不足なのだが)、いや密猟は悪いことだと分かるけど)と戦うことになるっつっても、万引きする予定だった卵(ちなみに取ったオッサン(悪の一味の一人)は金払ってるっぽい)を先に取られたキッズと頭のネジ緩んでそうな密猟者(ちなみに魔法とやらも、そんな一味なのでなんかナチュラルドラッグか大麻キメてるスピリチュアル大好き若者集団にしか見えんとこある。つまり催眠。オッサンには魔法効かないあたり、それっぽい気もする。)の戦いって・・・
それにそもそもお母さんにパイを作るためなら万引きしてもいい、とはならんでしょ。キッズたちの家庭環境やその理由(状況)にそこまでの切迫感を感じない(これも場所が場所、設定ならそういう雰囲気を醸し出すのだろうが、彼ら『父親不在』と言っても、お金はしっかりありそうなんだもん。ちなみにその『父親不在』という設定も急すぎて取って付けたような感じに聞こえる。全然活きてない)。
その上、彼らの『悪行』を母親どころか世界全体が知らんぷりして話が進んでいる。ゲーム機盗んだり万引きが日常茶飯事で町中バイクで乗り回しそこら中でペイントボールガン撃ちまくる。ラストの機転も小狡さだけが際立ってる感じで、彼らの行為へのお咎めなく、すべてチャラになってるラストにしか見えない。なんかちょっと違う気がする。
何故、家も学校も警察もそれを野放しにしてるの?
それともアメリカの田舎のキッズやコミュニティってそういうもんなの?
それともこれが子ども映画だから?
せめて、犯罪者一味とはいえ、あのオッサンが世界の良心として動いてくれれば(その可能性はあったと思うし、『父親不在』の設定を活かすチャンスでもあったのでは?)まだマシだったろうに。
でなければ、周囲の大人たちをもっともっともっと(特に警察官を)ボンクラに落とし込むか、悪役以外の大人(ペイントボールガン撃たれる店員とか)を中途半端に出さずに、学校の存在も匂わさずに、キッズたちの小器用さや知恵の立つとこをもっともっともっともっと際立たせるとかさ・・・。子ども映画ならそれくらい設定盛って良いんじゃないの?
だいたい『魔法の剣』とか『山の王子(ヘラジカのこと)』とか中途半端なファンタジー設定が微妙。それなら警察とか学校とかスーパーマーケットでの万引きとか妙なリアリティーやエピソードなんか出さずにファンタジーの話、にしてしまえば、彼らの行為や彼らに対する周囲の無関心さはある程度、呑み込めたんじゃないか。パイ作り名人らしいお婆さんだって、あの風貌にするならもっとファンタジーな設定に振り切れたでしょう?そのお婆さんとか母親が高熱の風邪ひいてるのだって、もっとそれっぽい設定に落とし込めたでしょう?
犯罪する子どもを描くこと自体は別に良いと思うし、そういう映画ばっか観てる。けど、やってることは『悪戯の範疇』や『謝れば済む話』を越えているのに、ラスト子どもだから許される、は無理(子ども映画ってそういうことじゃなくない?)。子どもだから許される、やっちゃうかもねぇって共感できる範囲を逸脱させるのなら、ファンタジーに振り切るか、逆にリアリティーを徹底させて欲しい。
ただ、ファンタジーにもリアリティーにも『世界の良心』は最終的に絶対に必要と思うので、(当然だが『世界の良心』を描かないパターンもあって、そういうのは『その意味が個々人に問われている』んだと思っている)この映画のストーリーの作りだと、結局「うーん」ってなる気もするが。
余談だが、子どもの冒険活劇に子ども同士の恋愛要素はいらんのではないか、とも思いました。
グーニーズのおねショタもどうかと思うタイプなんだけども、グーニーズの場合は『1日限りの冒険と成長』そして『勧善懲悪』というテーマが明快ってのと画面全体に漂う80年代の能天気さがそういう感性を誤魔化してくれるので。