猫と一緒

カツンカツン、と聞き慣れない小さな音がして、イルーゾォはページを捲ろうとした手を止めた。
眉をひそめつつ指を動かしたところで、再び響く固い音。
溜め息を吐きながら本から顔を上げて、音のする方へと視線を向ける。
視線の先では、ホルマジオの飼い猫が、カツンカツン、と鏡面をノックするように叩いているのが見えた。
深い引っ掻き傷を付ける程の強い力ではないが、確実に『鏡の主』に聞こえるようにノックしている。
全く躾がなっていない、と文句を言いたいところだが、飼い主がアレでは仕方がないだろう。
むしろ、飼い主がアレの割にはお行儀が良い、と言える。
イルーゾォが見る限りでは、あの猫は常に飼い主であるホルマジオに反抗的な態度を取っていた。
単純に猫がホルマジオに懐いていないだけの話なのかもしれないし、逆に似た者同士故に反発しあっているのかもしれない。
そもそも、イルーゾォの目には普段の『2人』は仲が良いどころか、よくもまぁ――互いに――寝首を掻かれずに済んでいるものだ、とそう思えるくらいにいがみ合っているように見えるのだが、猫も猫で逃げれば良いのに何故か逃げないし、あの男も人間の女は取っ替え引っ替えするクセして猫には一途だ。
男は男なりに、そして猫は猫なりに互いに情はあるのかもしれない。
猫でも犬でも鳥でも何でも『動物を飼う』という行為に積極的な意味を見出だせないイルーゾォにとって、それはそれで興味深い関係ではあったが、いずれにせよ他者には判断できぬことである、とも理解しているので『愛猫家ホルマジオとその猫』にそれ以上の詮索をする程の興味はなかった。
しかしそれにしても、何故イルーゾォ――とあの猫が認識しているかは知らない――が此処にいる、とあの猫は分かったのだろうか。
イルーゾォは小さく首を傾げた。
当然だが、猫に自身の能力を教えたことはないし、教える方法も知らない。
もしかしたら、鏡から出てくる瞬間を目撃されたことはあるのかもしれないが、それと『主がいる鏡』を見定められるかどうか、はまた別の話である。
イルーゾォが『見えるように』動かなければ、ターゲットや敵はおろか、仲間の誰にも見つけられた試しはないのだ。
イルーゾォは鏡の世界から猫の様子を眺めながら、昔の記憶をふと思い出して、息を吐いた。
猫は動物の中でも特に勘が鋭いのだ、と、イルーゾォにスタンド能力の使い方を教えてくれた婆さんはそう言っていたから、鏡の向こうにいる男の気配を察して気が立っているのかもしれない。
けれどそれ以上におそらくは―……
ホルマジオがリビングルームに入ってくるより少しだけ早く、イルーゾォの唇が動く。
「許可する。」
猫は満足そうな顔でイルーゾォに向かって「ミャア」と甘く鳴くと、リラックスした様子でイルーゾォの隣で丸くなった。