ふたりの邂逅が『運命』だったかどうか、なんて、実際のところ、死々若丸には興味がなかった。
だから今この状況を、偶然の産物だとは思っても運命だなんて微塵も考えてはいない。
死々若丸は溜め息を吐いて、くだらないばかりで退屈なドラマが流れるテレビを消した。
彼らの『運命』など知ったことではない。
雑音が消えて、しん、と静かな部屋に鉛筆が紙の上をなめらかに滑る音が響く。
暦上の春は近いらしいが、実際に本物がやってくるにはまだ少し日がある。そんな底冷えのする月の綺麗な晩に、死々若丸は暇を持て余していた。
炬燵は温かいし、綿入りの半纏を着ているから耐えられぬ寒さではない。だけど、一人で寝床に入るには少し躊躇する寒さだ。
湯たんぽを使いたいところだが準備はしたくない、から、自分から動くつもりはない。
そういう怠惰な時間にもなんだか心が疲れてきて、死々若丸はぼんやりと黒い画面に写る自身と隣の男の姿を見つめつつ、一瞬途切れた頭と思考をもう一度回し始めた。
そもそも運命とは何か。
もし超越した何かがこの世の全てを采配している、というのなら、それはきっと霊界すらも力が及ばない『何か』なのだろうが、ずいぶんとややこしく、混沌に満ちた世界にしてくれたものである。
もう少しだけでも、理路整然とした世界にするなり、そういうプレーヤーなりを用意しておいた方が御し易かったろうに、と、自分自身がその混沌から生まれた存在であることを差し置いて、死々若丸はそう考えた。
けれどその一方で、すべての出来事は偶然に見せて、実はそう動くように力が働いている、その為の『何か』という存在なのだから、そう考えてみると、自分自身も『何か』が適当に動かす駒の一つに過ぎないのかもしれない、とも思った。
今までの人生だって、自身が取捨選択してきたつもりではある。でももしかしたら、そこに自分ら以外の『何か』の作為があったのかもしれないし、では別の選択肢を選んでいたら、とイメージしてみたところで、過程は異なってもやっぱり同じ結末だったような気もしてくる。
死々若丸は少し温くなってしまったお茶を飲んで、息を吐いた。
考えてみたって所詮は意味の無いことだ。
箱の蓋を開ける前の猫の状態など、どんなに考えてみたって無意味なことと同じように、今自分自身が考えていることだって『答え』を出しようがないのだから、この思索には意味がない。
世界の意味について考えたところで答えなど出ないのだから今自分の目の前の問題についてのみ考えろ、と言った宗教者がその昔いたらしいが、そいつは正しい。
自分が好きなように生きるだけだ、と分かっているのだから、死々若丸は素直にその直感に従って生きるだけである。ドロップアウトするのは意外と容易いことだということも、疾うに知っている。
蔵馬のお使いで貰ったあられを頬張りながら、死々若丸は隣に座る鈴木の横顔に視線を向けた。
鈴木は俯いたまま真剣な表情で何か考え込んでいて、鉛筆の音はいつの間にか止んでいた。自身の口の中であられを食む音だけが直接脳内に響く。
その音をどこか心地好く感じながら、鈴木の視線の先にある紙に、死々若丸も視線を落とした。
ブロックのような白と黒の四角が配置されたそこそこ大きな紙一枚。
クロスワードパズル、というものらしい。
空いた四角に言葉を埋めていくだけの遊びだが、ブロックが繋がっているところは文字も繋げなければならないそうだ。
人間らしい遊びだ。死々若丸には退屈しのぎにすらならない、と思えるのだが、鈴木の琴線には触れたらしい。研究の合間の息抜きや気分転換になる、とも言っていた。
相変わらず、よく分からないヤツである。だが、彼らしい、と言えば彼らしい。
ぼんやりとその横顔を観察していると、一瞬だけ眉のあたりがぴくりと動いて、再び鉛筆が動き始めた。
死々若丸の退屈をよそに、まるで機械仕掛けのように止まることなく動く鉛筆。四角いブロックの中身が淀みなく埋められていく隣で死々若丸のあくびが溢れるが、今の鈴木には周囲への興味など無いらしい。
綺麗に削られた鉛筆と少しだけ神経質そうな気配もする丁寧な文字。
ふと、死々若丸の頭に悪戯心が湧いた。
まさに一心不乱にクロスワードパズルを解く、その横顔を指先でなぞってみる。
鈴木の反応はないが構わない。
クロスワードパズルはとうとう最後の四文字だ。その答えは、隣で見ていただけの死々若丸にも分かる四文字。
『うんめい』
鉛筆がぴたりと止まり、鈴木が顔を上げる。
その視線と目が合って、死々若丸は口角を上げた。