2025年6月:映画タイトル

毎月恒例。映画観賞記録です。
ネタバレ注意!
今月から、どこで観たかの凡例付きです。

【タイトルリスト】
△荒野のストレンジャー(N)
(若かりし頃のクリント・イーストウッド、めっちゃカッコいいですね。それはともかく、なかなか面白かったです。もっと町ごと無茶苦茶にしちゃうのかな、と思いましたが(いや、けっこう無茶苦茶にしてるか?)。ストレンジャーが何者か。気付いたはずの小男と宿屋の未亡人の未来に幸あれ、と思いました。)
△ドニー・ダーコ(U)
(劇場公開当時に予定通りに観に行けてたら、おそらくフェイバリットリストの上位に入ってたと思う。機を逃した感が強い・・・。それにしてもジェイク・ギレンホール、やっぱ他の役者より頭3つ分くらい抜けてるね。妄想かと思いきや、少年が自身の未来を選ぶ壮大かつ個人的なSFオチだった(我々はif未来を観ていた、と理解した)。そう考えるとちょっと切ない話。)
✕ピンク・クラウド(U)
(想像以上に鬱映画であった(チラシのデザインやフォントに騙された感強い)。生まれた時からその景色しか知らない子ども、それなりに適応出来てしまえる男、諦めきれずに外の世界を夢想する女。この結末も仕方無いのかもしれないが。そもそもこういう事態にならなければ2人が子をなすこともなかっただろうし、それが女にとって最大の悲劇だったのかもしれない。)
・愛の悪魔/フランシス・ベイコンの歪んだ肖像(U)
(先日『クィア』を観たのでその流れで。なるほど、演出の共通点は見えた気がしなくもない。全体的に漂う退廃感というかアート感、そしてなによりダニエル・クレイグの色気が尋常じゃない。というかダニエル・クレイグって、007というより、こういう神経質なアート系俳優としての顔の方が本質なのでは、と思ったりした。)
△遊星からの物体X(U)
(B級映画界の巨匠ジョン・カーペンター。さすが怪物のディテールとかグロテスクで良いし、ストーリーもコンパクトながらもなかなか面白い。前日譚のファーストコンタクトも面白かったし。なお、こっちを観てから前日譚を観ることをオススメします。)
・ノスフェラトゥ(T)
(ザ・ゴシックホラー。思った以上に愛の話になっていた(ムルナウ版未鑑賞、ヘルツォーク版しか観たことない)。リリーの顔芸、という前評判はその通りだったと思う。映像としてはヘルツォーク版の妙に静謐で退廃的な雰囲気の方が好きかな。あと個人的に、ニコラス・ホルトは『レンフィールド』の方が好きです。)
△パディントン 消えた黄金郷の秘密(T)
(Lovely!もうパディントンはベン・ウィショーなわけです(幻覚)。ちゃんと面白いし可愛い。小道具や映像や演出のディテールがレトロなのも佳き。けどカリーさんがいなかったのちょっと寂しい。お母さんが変わってたのもちょっと寂しい。それにしてもヒュー・グラントのカメオ出演はズルくないですか?)
△シティ・オブ・ゴッド(U)
(暴力というより絶望の連鎖。劇中、唯一の『良心』(といってもギャングには違いない)が死んでしまうわけだが、じゃあ彼がいればラストに至るあの事態を避けられたのか、というと単純にそういう訳でもないような気もする。スラムの治安や場合によっては福利厚生をもギャングが担っているのは実際そういう面もあるのだろうが、結局そこにあるのは『暴力』なんだよな、という話。そして、ギャングよりも主人公みたいに暴力の隙間を縫うように生きる人間の方が圧倒的に多いのだろう。)
△どん底作家の人生に幸あれ!(U)
(鑑賞にあたり、まず『デイヴィッド・コパフィールド』への造詣の深さが必要と思うのだが、なんというか深ければ深い程、これに納得できるのか?的な疑問も。『なんとなくな雑知識』で軽く観た方が良い気がする(それなら雑多な人種で彩られた配役とか演出とか演技とか、ちょっとエキセントリックで過剰な舞台劇っぽさを楽しめるのではないか、と思ったが、よくよく考えたらこれ『劇中劇』なので普通にこれでいいような気もしてきた)が、まぁとりあえずベン・ウィショーの悪党ぷりはよい(というか、彼に限らず巧い人しか出てない。たぶん)。ティルダとのビンタ合戦も◎。)
・メリー・ポピンズ/メリー・ポピンズ リターンズ(D+)
(SFでもファンタジーでもクラシカルな特殊効果が好きなので『どちらを選ぶか』という話ならリターンズの方がどうしたって分が悪いのだが、リターンズはけっこうきっちりオリジナルのリブートしてるんだなと思った。続編なんだけど演出は丁寧にオリジナルを踏襲している。リターンズのベン・ウィショーのちょい情けないというか繊細な父親っぷり(他の女性キャラ(既に亡くなっていてセリフでの言及でしか登場しない妻ですら)が強い分、余計にか弱く見える)はもうバッチリ過ぎる。しかし、ミュージカルは歌の分だけストーリーが薄い割に上映時間が長くなるというか、やっぱしんどい。あとこれはもう個人的な好みなんだけど、やっぱオリジナルのジュリー・アンドリュースの方が好きです。)
△ヘル・レイザー(U)
(グロ系ホラー。痛々しいギミックとキャラクターデザインが最高。もうちょいR18+な作りでも良いんじゃないかな、と思うけど割と好き。そして、今改めて観ると、痛々しさはともかくあんまり怖くないねぇ。)
△鏡(U)
(グザヴィエ・ドラン主演。15歳。若い。瑞々しいのに、どこか不穏。そういう空気感は嫌いじゃない。たった13分にぎゅぎゅっと煌めきを凝縮した雰囲気。『君の名前で僕を呼んで』に近い。アレ好きな人はたぶんコレも好き。)
☆エンパイア レコード(U)
(90年代青春グラフィティ。懐かしき。そして当時中学生の私には憧れでもあった(舞台がアメリカの田舎街の潰れかけのCDショップだとしても。CDショップがカルチャーの発信地だった時代)。皆少しずつ足りてないというか外しちゃっててイケてなくて(ちょっと危うくて)、それが良い。ルーカスに対しては今も昔も「お前が言うな」とツッコミたいんだが、今改めて思う。マーク可愛いな、おい。ちなみに音楽もファッションも◎ね。)
△少年は残酷な弓を射る(U)
(全力で鬱映画。冒頭から母親(ティルダ)視点による回想(過去)と現在が錯綜するので一瞬迷うが、丁寧に描かれるのできちんと整理出来る。けれど結局、息子(エズラ)の頭の中は当の本人にすら分からぬ、という誰も救わぬ結末(母より息子より、誰よりも父親が一番ダメだったんじゃねぇの?、という身も蓋もない思いも抱きつつ)。息子のことをただのマザコンだサイコパスだ、とまとめるのは簡単だがそういうことじゃない気もするし、妊娠~誕生を心の底から喜べず状況に慣れるしかなかった母親を『愛情不足だ』と責めるのも違うと思う(やっぱ父親に問題ある気がする)。ティルダもエズラも幼少期を演じた子役も、セリフ以上に『眼』ですべてを語る。とんでもない鬱映画。なお邦題は少年の行動そのままなのだが、ただこの映画の主眼は『少年の取った行動(結果)』ではなく『母子の間に何があって何がなかったのか(過程)』だと思うのでネタバレとは違うと思う。)
☆ノベンバー(U)
(舞台設定も登場人物たちも、大人たちはみな醜悪で滑稽。そんな陰鬱な世界に描かれる若い男女(リーナとハンス)の幻想的でピュアな悲恋の物語。果たして、ハンスが『リーナ』に求婚しようとしていたのか、個人的には懐疑的なのだが、冷たい川底の幻想的なシーンから一転、滑稽な欲望で終わるラスト。男爵の娘もハンスも死んだのにリーナだけ死ねない、というのも切ない。モノクロームの映像が美しく、魔術や幻想が現実の陰鬱な風景と地続きになって溶け込む世界。良かった。)
✕アドヴィタム(N)
(久々にくっそつまらんネトフリ映画。過去回想から事件の起こる現在に至るまでの見せ方のつまらなさ(ちょっと前に『少年は残酷な弓を射る』を観てるから余計にそう思ったのかもしれんが)。結局、ギョーム・カネ老けたね、しか印象に残らず。つまらん。)
△バッド・エデュケーション(U)
(個人的に、ペドロ・アルモドバルと言えばこの作品。映像の色彩感覚の鋭さと欲望の演出が巧い監督さんと思ってるのだが、この作品もそう。とても巧い。ヒューマンドラマかと思いきや、しっかりサスペンスドラマ。一見フアンが利用してるように見えるんだけど、エンリケも傷付いてはいるんだろうが映画監督としてきっちり仕事してるんだよな。結局、イグナシオが少年時代と最期に見せたそのピュアさはしっかり本物で、だからこそ切ない(彼がエンリケへの最後の手紙に何を書こうとしたのか、倒れ込んだ拍子に打たれたフォントがまたもの悲しいのだが、フアンもその手紙は燃やさずに取っておきそれをエンリケに渡す辺り、思うところはあったのだろうと思わせる。ラストシーンの撮影でも泣き出してたし)。結論としては、(元)神父がクソ野郎なのであるが、それにしても、絡まった糸はきっちり丁寧にほどいていくストーリーテラーっぷりは流石ですね、アルモドバル。)
△栗の森のものがたり(U)
(柔らかな質感の映像とそこはかとなく漂う死の匂いがまさに寓話のような作品。セリフは必要最低限の断片のみで『東方の三賢人』すらまともに語ってくれないが、そのかわり不意に流れる音楽が強く印象に残る。個人的に好きな地域の話なので興味深い部分もあった(特に言語)が、おそらく夢と現実の狭間を行き来するように観る映画と思う(つまり眠気と勝負だが、一見する価値はある)。)
△渚にて(U)
(そのタイトルセンスになんとなく『観てみたいぞ。』と思って観たのだが、良かった。とても良かった。初めから終わりまで希望がないストーリーで、途中の潜水艦による航海も結局希望も何もないのだが、街の様子の描写とか演出がとても丁寧なのでじっくり観ていられる作り。特に若い夫婦の冒頭とラストの演出がいい。紅茶の意味が真逆になってるのだけど、ふたりのセリフは核心には触れないの、とてもいい。街路を走る乗り物、赤ちゃんの泣き声、傾く肖像画、集会の様子……どれもその情景や変化だけで世界に何が起こったかを察することの出来る演出がいい。名作って、やっぱ名作なんだな、と。あと、アンソニー・パーキンスってカッコいいね。)
・8 1/2(U)
(私には早すぎた。頭で理解する物語とも思わんが、ちょっと理解できん。じゃあ、いつになったら理解できるというのか、というと皆目見当もつかんが。音楽はよいと思う。)
△サイコ(U)
(モノクロ映画祭絶賛開催中。知ってるけど真面目に観たことない映画代表(私調べ)。オープニングクレジットがめっちゃカッコいいな、おい。そして、ストーリーについて改めて細部を知ったんですけど、いちいち演出が細かい。ホラーサスペンス映画の基本になるだけの理由があるんだな、と。あと、アンソニー・パーキンスってカッコいいね(2回目)。特に薄っぺらい感じのひょろっとした体型が好きです。ところでヒッチコックどこにいた?)
・死刑台のエレベーター(U)
(不倫男女も不良アベックもまさに因果応報という話。まだるっこしいのはフランス語のせいですかね?サスペンスドラマとしては悪くはないけど、メロドラマとしてはなんだか苦手。)
・カリガリ博士(U)
(サイレント。雰囲気を楽しめるかどうか、だけと思うが、セットのディテールとか佳き。)
☆MOON GARDEN(T)
(ダークファンタジー。デル・トロやヤン・シュヴァンクマイエルのように本気で胸糞悪くなる演出はなく、テリー・ギリアムのように変に難解でもなく、ティム・バートン程キャッチーでもない感じだが、結果的にビジュアルもストーリーも総合的に安心して観れる。まぁ何よりもまずストップモーションアニメ好きにはたまらんね。世界観やディテールも良いし、女の子も可愛いし(真っ青な瞳が印象的)、良かった。というか、エマが成長して年頃になったら小さな家にいたロック風味の青年とお付き合いするのか?と思ったら、なんかほっこり。)
・シェイプ・オブ・ウォーター(D+)
(半魚人(神)と人間の異種恋愛、と思いきや、半魚人(神)と元・人魚姫の恋愛物語であった。しかも、とんでもなく醜悪で趣味の悪い純愛の物語。流石デル・トロ。)
☆瞳をとじて(U)
(本当にめちゃくちゃ良い。フェードアウトの余韻がとてつもない。フェードアウトの一瞬一瞬に感情の揺らぎと生死が凝縮されている。そして物語としてはやはり欠けているのだが、その『欠け』が美しい。マジで良いです。ビクトル・エリセの総決算ですね。)
△林檎とポラロイド(U)
(淡々と静かな展開が悪くない。『記憶喪失』ではなく、『ぼんやりとした喪失感』とか『現実逃避』だったりからの『社会復帰』の物語と理解。そして無性にちょっと固くて酸っぱめの林檎を食べたくなる映画であった。)
△第七の封印(U)
(神の不在だとか信仰だとか、と小難しい映画だと思って身構えて観たが、思ったよりも単純明快のように感じた。逆に無知からくる勘違いなのかもしれないが。旅芸人の家族が生き残るのも、無神論者で皮肉屋の従者や小市民代表であろう娘や鍛冶屋夫婦と役者、騎士の妻、そして悩める騎士本人が皆並んで死神に導かれていくのも感覚として理解できる。というか、肌感覚でそう分かるようにドラマが作られている気がする。私も映画の中の彼ら同様、ベルイマンに導かれているのかもしれない。)
・世にも怪奇な物語(U)
(アラン・ポーオムニバス。1話目『黒馬の哭く館』はジェーン・フォンダが美しいがちょっと退屈。2話目『影を殺した男』はアラン・ドロンのカッコ良さと黒髪のブリジット・バルドーの美しさに目が眩むが、けっこう好き。特に子役の仕込みスゲェ。で、やっぱ往年の銀幕スターはとりあえず美男美女だよなぁ、とか思ってたら、フェデリコ・フェリーニ監督の3話目『悪魔の首飾り』な・・・ずば抜けてテンションがおかしい。)
・地獄の黙示録(U)
(無印のやつ(この表現が正しいかは知らぬ)。つまり、無意味の狂気とかそういうことですかね?一番上映時間が短いver.とはいえ、150分有無を言わさずとりあえず観させるだけの力がある、っていうのはすげぇと思いました。ファイナルカットとか特別完全版とかあるけど、それらを観るか、というと、ちょっとその元気はないかな・・・)

【総評】
世界的な潮流とか、先月から個人的にベン・ウィショー祭を開催してたこともあって、ここ最近の鑑賞記録にクィア映画だとか作品に登場するLGBTQ+の割合が高い気がしますが(7月も観たいクィア映画が1本待っている)、いわゆるBL作品を読む感覚とは違うよね、と思いました。昨今流行っているらしい、いわゆるBLドラマ?にはあまり興味がないので、やっぱ私は『クィア映画』が好きなんだと思う訳ですが(『クィア映画』が『いわゆるBLドラマ』よりも色々と優れている、などと言うつもりは全くありませんが、別物だとは思っています。私が普段書いている二次創作BLもあくまで『ヤマなしオチなしイミなしのBL』であって、ここで私が言っている『クィア映画』で描かれているものとは異なるもの、という認識。)、ここら辺はもしかしたら恋愛ドラマそのものにはあまり興味がないのと関係してるのかもしれないな。いや、クィア映画も恋愛要素あるけども。
ところで話変わりますが、アノーラや近々公開予定のホラー映画でも指摘されてる方を見ましたけど、なぜ日本版のチラシやポスターは本国版や他国版のそれよりポップでオシャレな感じを出そうとするのですかね。「いや、その雰囲気は違くない?」ってことも普通にやったりするよね、なぜ?まず映画館に人が入んなきゃ意味ないっていうのは分かる(あと文字情報が増える理由もなんとなく分かる)んだけど、それで『ミスリードが酷い』と認識されてしまったら意味がないのではないか。配給会社の方にここら辺の事情を聞いてみたいなぁ。

【凡例】
☆:めちゃくちゃ好き。オススメしたい。
△:好き。人によってはオススメする。
✕:・・・
・:特に薦めないけど、悪くはないと思うよ?

(T):映画館
(N):Netflix
(U):U-NEXT
(D):Disney+