二律背反する世界 - 1/2

01

何て言うか、一言で言えばあの時あの瞬間あの場に存在したすべてのものに、銀八は「運命」などという大それた名前を付けてしまったのだ。

穏やかに晴れた初秋の屋上で、煙草を燻らせ、ぼんやりと佇むその姿を一度見掛けたきり、彼とは縁がなかった。
銀八が受け持つクラスは問題児や落第寸前の生徒を集めた落ちこぼれクラスで、彼を受け持つことになったのは3年生になってからだ。
一般入試の結果は1位で入学、定期考査は常に上位の彼が、何故、問題児クラスなのか。始めは疑問に思った銀八だったが程なく解けた。単純に、彼は素行と家庭環境に問題のある生徒であった。
サボり、無断欠席は当たり前。戸籍上の両親(養父)に連絡をすれば「本人の好きにさせていますので」と、慇懃無礼な返事のみで学校には来ない。
「めんどくせぇなぁ。」とは思ったが、それでも、銀八は彼に対して悪い感情は一切湧かなかった。
確かに彼は、授業をサボって屋上で煙草を燻らしている事も多かったし、そもそも学校にいないことも多々あった。それでも、何かと暴走しがちなクラスを然り気無くまとめるのはいつも彼だし、沖田に宿題を見せてやったり、留学生の神楽に日本語を教えているのも知っている。
とはいえ、あまりに生活態度が悪いので「進学組だろ、お前。内申に響くぞ。」と注意をしたら、なんてことはない顔して「国立以外受けねぇし。」と返された。
その顔を見て、銀八はただ「キレイだなぁ。まぁ、彼なら国立でも受かるか。」とのんびり思っただけだった。
そんな彼と、屋上で2人並んで煙草を燻らすようになり始めたのは、梅雨も終わり、本格的な夏を目前に控えた頃だった。
屋上で会議をサボろうとした銀八が、たまたま居合わせた彼に火と煙草を借りたことがキッカケだった。
彼の素行と煙草には目は瞑った。
そんな事よりも、彼との、ぽつりぽつりと、短く、他愛のない会話が楽しくて仕方がなかった。
一言で言ってしまえば、銀八は彼に恋をしていた。
一目惚れだ。
まさか自分がそんな、自分の生徒、しかも男子高校生に恋に落ちるなんて。と思ったが、あの瞬間のあの感覚も、今屋上で2人駄弁るだけのこの感覚も、確かに『恋』だと知っている。
大事にしたい、彼を自分のものにしたい。と確かにそう思っていたが、同時に、彼は銀八にとって大事な『生徒』でもあったから、そう簡単に一線を越えるような事があってはならないと、己に言い聞かせもしていた。
だから、銀八がそんな事を口にしたのは本当にただの気紛れで、何か他意があったわけでも、下心があったわけでもなかった。
「先生、実は今日誕生日なんだよね。」
「ふーん。」
気のない返事をして、彼はふぅっ、と紫煙を吐き出す。
「それだけ?」
「それだけって……
 もしかしてお祝いして欲しいとか?」
「……なんか、先生に言うことねぇの?」
「先生のネクタイ、いつも趣味悪ぃ。」
原色柄物のネクタイをチラリと見てから、ニヤリ、と片頬を上げ、彼は笑った。
「ちっ」と、舌打ちをする銀八の姿に満足そうな表情をして立ち上がる。
「お誕生日おめでと。」と小さく言って、不貞腐れる銀八の頬に触れるだけのキスをした。
銀八の想定外の行動だった。
一瞬だけ固まった銀八の姿に、「こーいうことじゃねぇの?」と悪戯っ子のように笑い、そのまま銀八の前を歩いていく。
予鈴が遠くで鳴っていた。
どうやら次の授業は出るつもりらしい彼の、骨っぽく、何処か頼りなさげな背中を見送りながら、煙草を携帯灰皿にポトリと落とす。
あの時あの瞬間あの場に存在したすべてのものに、「運命」などという大それた名前を付けたこと、やはり間違っていなかったと、銀八は確信している。