すれ違い様、白粉の香りがした気がして土方は振り返った。
ここ最近は、女装して潜入捜査するような案件はなかったはずだ。
上司の怪訝そうな雰囲気を敏感に察知した山崎は、わざと間抜けな風を装って、振り返る。
「何ですかぁー、副長。」
「いや・・・
最近、変わりはねーか。」
土方は気不味さを隠すように、煙草を口に咥える。
「高杉の噂、最近聞かねーからな。」
一瞬、山崎の瞳が揺らいだような気がしたが、目の前にいるのは、何時も通りの山崎だった。
「奴さん、中々尻尾掴ませてくれませんから・・・
最近は鬼兵隊も派手な動きはないようです。」
それは土方も分かっていた。
ここ最近の高杉の動きは、派手ではない。
今日も、別件を探っていた密偵からの報告書に高杉の目撃情報があったが、その目撃場所は郊外の少し寂れた宿場町の上、高杉以外、鬼兵隊と思しき輩の目撃情報はなかった。
そして、ふと気づく。
この卒なく仕事をこなす部下が、そこはかとなく白粉の香を纏わせるタイミングと高杉の目撃情報が上がってくるタイミングが一致している。
普段の彼の雰囲気から高杉と密通しているようには見えない。
それに彼がその気になれば、真撰組など疾うに壊滅しているだろう。
だとすれば、と考えて、ふと合点がいった。
つまりはそういうことなのだろう。
彼が白粉の香を纏うのも、彼の男が独りで姿を現すのも。
「どうしました?副長。」
部下の怪訝そうな声にハッと意識を戻す。
「人の事呼び止めておいて、何考えてるんですか?」
目の前の部下は、そう、普段と変わらない。
少し間抜けな風を装うのも、黒目がちな瞳で此方を用心深く窺っているのも。
ならば、自分も普段の通りに振る舞うべきだろう。
「とりあえず、煙草とマヨ買ってこい。」
「はいよっ。」
元気よく返事をして、駆け足で去っていく。
それは端から見れば、いつも通りの光景に見えたはずだ。
自分のことは差し置いて、不器用で不憫な部下のことを考える。
早く話してくれれば良い、俺だけに、すべて。
そうすれば、高杉のこともお前のことも、何も言わず、誰にも言わず、2人一緒に、纏めて俺が斬ってやるのに。
土方はそう思って、でも何も言わずに部下の背中を見送った。