05.仕方なしに取り出した世界

納得いかない、と思って三井は冷蔵庫を開けた。
中にはちょこん、ときれいにラッピングされた小さな箱がある。
甘党の恋人のためにチョコレートを用意すること自体に不満はない。むしろお安いご用とばかりに、本格的なチョコレートクリームのショートケーキを作って、小綺麗なラッピングまで施した。
しかも、頼まれるがままに女友達の分まで作った。
昨日、今日だけで、1年分のチョコレートを作ったのではないだろうか。
そうなった原因は、もちろん甘党の恋人である。
彼が大学で、三井の料理、特に手作りお菓子について、やたらと熱く語るものだから、周辺の女子たち(中には三井が名前を覚えていない子までいた。)から、バレンタインにチョコをせがまれる事態になった。
三井にとって料理は実益を兼ねた趣味だから、チョコレートケーキを何個か作る位はまぁ良いのだが。義理チョコでも友チョコでも、お返しのひとつやふたつはあるだろうと予想していたのだが、その意に反して、チョコレートはひとつももらえなかった。あげる一方だった。
恋人はあっさりした風貌のくせして意外と悋気が強いから、義理であれ何であれ、三井がチョコを貰ったと知れば(しかも、例え三井が秘密にしたとしても、彼は必ず何処かで聞き付けてくるだろう)、面倒臭いことになるのは明白だったから気楽ではあるのだが、無ければ無いで、ちょっと寂しい気もする。
三井がそうぼんやりと溜め息を吐いた所で、玄関の方からガタリと音がした。
彼だろう。
三井はチョコは取り出さずに冷蔵庫の扉を閉じて、律儀にお茶の準備を始める。
トテトテとした足音がしたと思ったら、不意に真後ろに気配を感じて三井は振り返る。
「ただいま。」
「ただいまって、ここお前んちじゃねぇし。」
そう言いながら、少し濃い目に煎れたお茶を湯呑みに注ぐ。
その透き通ったきれいな緑色に三井は満足しながら、その湯呑みをお盆に乗せる。
「邪魔だっつの。」
三井は土屋の横をすり抜けると、リビングの座布団の上に座り、テレビのリモコンを手に取った。
「えーやんか。
 此処もう、半分くらいは僕んちやで。」
土屋はそう笑いながら三井の横に座り、三井の手からリモコンをさらりと奪い取った。
「テレビ見てる場合ちゃうし。
 何拗ねてるん?」
「べーつーにー。」
三井はリモコンを奪い返し、テレビの電源を点けた。
「つか、お前今日は遅くなるんじゃなかったの?」
「バレンタインやで。
 三井くんのチョコ食べれる思ったら、練習なんか手につかんわ。」
「いっつも食ってんじゃん。
 練習サボるような奴に食わすチョコなんかねぇわ。」
「あ、ひどい。
 三井くんのチョコ食べるから帰るゆうたら、みんな快く送ってくれたで。」
土屋は再度、リモコンを奪い、テレビの電源を消した。
「三井くんのチョコある思って、ぜーんぶ受け取り拒否したんやで。
 大阪の友達や親が見たら、ビックリするわ。多分。」
「貰っとけよ。
 馬鹿みたいに高いチョコもあったんじゃねぇの。」
そう言いながら、リモコンを取り返そうと出した三井の手は空を切った。
「三井くんのチョコで十分やし。三井くんはそう思わへんの?
 三井くんかて、ぜーんぶ断ったんやろ。」
「断る前に、義理チョコすら貰える気配も無かったわ。」
「あれま、意外やな。
 アレかな、やっぱ僕の三井くんへの愛が溢れすぎて、周囲も遠慮してしもたんかな。
 それより早よ、可愛い彼女の手作りチョコ食べたいなぁ。
 やっぱ本命チョコは男の勲章やろ。」
「ハイハイハイ。
 つか、オレだって男だし。
 そもそもバレンタインって、彼氏が彼女に花贈る日だし。」
「三井くんは、自分が『彼女』ってゆうんは認めるんやな。」
三井が出したお茶に口を付けながら、土屋はのんびりと言う。
「まぁ、そうだろ。
 つか、今の論点はそこじゃねぇから。」
「しょーがあらへんな。
 日本では、彼女が彼氏にチョコ贈る日やで。」
そう言って土屋はポケットから作り物でない、小さなバラの花を取り出して、ニッコリと笑った。