GIO5:フーイル

身体に微かな震動を感じて目を開けると、フーゴは列車に乗っていた。
「やっと起きたか。」
黒い長髪を6本に結った男が、笑いながらフーゴの顔を覗き込む。
「まぁ、まだまだ先は長いからな。
 寝てていんじゃね?」
男はそう言うと、背もたれ、というよりは窓側の隅の壁に寄り掛かり、膝を抱えた。
「なんで……、」
それだけ言って、フーゴは口を閉じる。
「……なんでお前が、って、そう言いたいんだろ?
 俺もよく分かんねぇな。
 呼ばれた時も、正直なんで俺が、って思ったし。」
窓の外を見つめながらそう答える男に、フーゴは溜め息を吐くと、靴を履いたまま、足を伸ばして正面の座席に置いた。
「お前、案外、行儀悪いんだな。」
「あなたに言われる筋合いはありませんが。」
同じように靴を履いたまま座席の上で膝を抱える男の足元を見て、そう吐き捨てるフーゴに、男はへらりと笑い返す。
男の反応には応えず、つまらなそうな表情でフーゴが窓の外を見やれば、外は真っ暗闇だった。
「何処に向かってるか、なんて聞くなよ?
 俺もよく分かってねぇんだからな。」
意味ありげに笑う男の横顔をちらりと見てから、フーゴは退屈そうに背もたれに全体重を預け、窓の外の暗闇を見つめる。
何故、こんな場所で再会するのがこの男なのか、とは思った。
本当に逢いたい人たちは他にいる。少なくともこの男ではなかった。
だが、かつての仲間であった彼らに合わせる顔などない、とも思っていて、そういう意味では、きっと彼が適任なのだろう、と、フーゴはそう結論を出した。
自分がやってきた事をどう取り繕ったところで、所詮、彼とは同じ穴の狢に過ぎない。
彼と同じ場所に居る事に、フーゴは特に違和感を感じる事も無かった。
男は黙ったまま、フーゴと同じように窓の向こうを見つめている。
フーゴはその顔を見て、そういえばこうしてまともに顔を見るのは初めてだな、と思った。
あの時は、相手が何者なのか、とか、ゆっくり確認する時間も無ければ、自分の身に振り掛かったあらゆる事を考える為に、一寸の間だけでも立ち止まる事すらも許されなかった。
あの時、自分にもう少しだけでも余裕があれば、また違った結末もあったのだろうか、と、フーゴは少しだけあの時のあの場所に思いを馳せた。
「海。」
ふいに口を開くフーゴの方に、男が振り向く。
「せっかくなら、海に向かってると良いですね。」
「……海、か。
 そうだな。海も良いかもな。」
そう言って静かに微笑む男の顔を見て、思わずこみ上げてきそうになった感情を誤魔化すように、フーゴは慌てて目を逸らす。
相変わらず、窓の外は真っ暗闇で何処に向かって走っているのか、分かりそうにもなかった。
フーゴと男以外、車両には誰もいない。
微かに響く列車の走行音以外の音は一切しなかったのだが、フーゴはこの沈黙を居心地良く感じていた。
男も特に話す事も話したい事も無いようで、黙ったまま、真っ暗闇の窓の外を見つめ続けている。
あの時の印象とはまるで異なる表情を見せる男に、フーゴは少しだけ困惑した。
黙ったままの2人を乗せて、列車は暗闇を走り続ける。
方向感覚どころか時間の感覚も疾うに無く、このまま永遠に列車は走り続けるのではないか、という考えが頭を過るが、フーゴはそれでも良いような気もしていた。
静かに口を開く。
「長い旅路になるんでしょう?
 名前くらい、教えてもらえませんか?」
「……そういや、俺あの時名乗ってなかったな。」
そう言って、笑いながら自身の名前を告げようとしたその口を塞ぐように、フーゴが続ける。
「その名前ではなく。
 本当の名前を教えてください。」
フーゴは顔を窓の方に向けたまま言って、視線だけをイルーゾォに寄越す。
イルーゾォは少しだけばつの悪そうな顔をしながら、再び口を開いた。