「死々若、歩かないか?」
「あぁ。
歩かん。」
空中をぷかぷかと漂っていた死々若丸は冷たくそう言い放つと、鈴木の襟足辺りの髪の毛を掴んでその肩にしがみついた。
昼間はあんなに暑かったのに、日が沈んだ途端、虫がそこかしこで鳴き喚き、吹く風はどこかひんやりとする。
魔界も色々あれど、人間界――特に日本――にあるような季節の移り変わりがある地域はそうそうない。
人間界――この場合は日本――の気候は落ち着きがないな、と鈴木はそう考えながら、肩に乗っかった死々若丸の重さに溜め息を吐いた。
死々若丸が重いわけではない。小鬼姿の彼に重さなどないに等しい。
問題は死々若丸そのものではなくて、両手にある大きな荷物だった。
罰ゲームという名の買い出しの為に、一番近くのスーパーマーケットまで二人連れ立って出てきたのだが、そもそもゲームに負けたのは、今現在、鈴木の肩でのんびりと夜空を眺めている小鬼が原因である。
人型になって荷物の一つも持ってくれればなぁ、という鈴木の儚い望みは叶いそうになかった。
これも修行の一環だ、と仮に幻海に言われたとしても、どう譲っても納得はいかない。
そもそもこれが修行の一環なら、死々若丸も人型になって荷物を持つだろう。彼は憎まれ役ではあるが、そういう意味で不真面目なキャラではない。
説教とまではいかなくても、ゲームに負けたのは連帯責任なのだから、と主張の一つでも出来れば良かったのだろうが、鈴木が死々若丸に強く出られないのもまた事実であった。
惚れた弱みだ。
死々若丸もこの『お使い』がただの余興であることを知っているし、鈴木が自分に対して強く出れない――つまりそれだけ自分に惚れている――ことなど百も承知なので、仲間たちの待つ山小屋に着くまでの間、いつも通りに鈴木の肩で寛ぐつもりである。
分かっててやっていることを分かっていて何も言えないのだから、情けない。
最後の急な坂を越えて、少し開けた場所に出る。
あとは比較的なだらかな登り坂だけである。
やっとここまで来た、と鈴木が一息吐くように立ち止まったところで、ゆるり、と夜風が吹いて、死々若丸が先程よりも強い力で肩にしがみついてきた。
おそらく夜風が少し肌寒いと感じているのだろう。鈴木の忠告を聞かず、昼間と変わらぬ薄着のまま出てきたのだから、当然と言えば当然である。
ぴったりとしがみついてくるその感触や体温は可愛いけれど、どちらかと言えば、今は自分で立って歩いて、出来れば荷物も持って欲しい。
可愛いような、可愛くないような。
複雑な気分を抱えたまましばしの間考えて、全部分かっててやってるのだろう、と結論付けてみれば、ただただ小憎らしいばかりで可愛くはない。
見上げた空には弓のように細い月が輝いている。
今宵、夜の海を渡るのは誰なのだろうか、とぼんやり考えながら歩き出して、鈴木は答えなんか分かりきっているというのに、再び口を開いた。
「死々若、いい加減歩、」
「歩かないからな。」
鈴木の言葉に被せるようにそう言って、金色の髪の毛を掴んだまま、悠々とした態度で鈴木の首元にぺたりとしがみつく。
やっぱり可愛い。
鈴木は諦めたように小さく溜め息を吐いて、歩きながら頭上の月を見上げた。
細い弓なりの月が、そんな鈴木を笑うように輝いていた。