キスタイム

誰の声も誰の気配もない深夜。
闇夜を煌々と照らすはずの満月でさえも、一時間ほど前から雲の影に隠れてしまって、一切の邪魔者はいない。
まさにふたりしかいない夜。
薄暗い空間に障子を開く音が小さく響いて、音も無く鈴木が足を踏み入れる。その気配を察した死々若丸は被っていた夜具から這い出るようにして出てくると、そのまま枕元に歩み寄ってきた鈴木の方に身体を寄せた。しゃがみ込んだ鈴木は死々若丸の身体を支えるように、けれどその動きの邪魔にはならぬよう、そっと腕を添える。
死々若丸が上目遣いに、にぃ、と笑って、鈴木が愉しそうに口角を上げた時、視線が一瞬だけ交差して、死々若丸はすぐにその目を逸らした。
互いにはっきりと言葉にはしなかったものの、夕食の後、なんとなく交わし合った視線はそういう意味だろう。
バイオリズム的なものなのか、ただの気まぐれに過ぎないのか。死々若丸本人でさえもはっきりとは分からなかったが、丁度良い具合にそんな気分だったので、素直に鈴木の誘いに乗ることした。
とはいえ、鈴木の方がどういうつもりかは知らないが、死々若丸の方は今日は甘えたい気分ではなかったので、この行為の主導権を渡すつもりはない。
猫のようにしなやかに身体を伸ばして、鈴木の耳元に唇を寄せる。
さぁ、この男はどう出るか。
死々若丸はどこか冷静な頭の隅でそんなことを考えながら耳元で微かに息を吐くと、視線を合わせることのないまま顔を寄せ、短いような長いような、そんな口づけを交わす。
濡れた音ともに少しだけ離れて、目を閉じ、鈴木の次の動作を静かに待った。
が、いつまで待ってみても白い肌の上に鈴木の指が降りてこない。
一体どうしたというのか。
いつもなら、少ししつこいくらいに人の身体を好き勝手に弄くり回すというのに。
死々若丸は少しだけ眉をひそめて、閉じていた瞼をゆっくりと開ける。
目を開いたその先には、少しだけ挙動不審な表情をした鈴木が座っていた。
互いに無言のまま、見つめ合う。
夕食の後、確かに互いに交わし合った視線はそういう意味を孕んでいた。
だが実のところ、鈴木は『死々若丸に誘われた』と思っていて、当面の主導権は死々若丸に譲るつもりだったのだが、死々若丸は死々若丸で『鈴木に誘われた』と思っている。だから、序盤のうちから鈴木は主導権を取り返そうとするだろうが、最終的には自分優位に事を進めるつもりだった。
つまりは互いにそういう『遊び』を楽しむつもりではあったのだが、はっきりと言葉は交わさなかったし、深く確認もしないままだった。
その微妙なすれ違いに、ふたり揃って未だに気付いていない。
互いに要領を得ぬまま、静かに夜は更けていく。