01.夢にまで見たサヨナラの瞬間

冷たい風が吹いた。
屋上には洋平以外、誰もいない。
洋平は少しだけホッとして、タバコを咥え火を点ける。
2月の空は寒すぎるせいか、わざわざ屋上で授業をサボるような天の邪鬼な生徒は洋平だけのようだった。
体育の授業も無いようで、屋上は静まり返っている。
洋平はゆっくりタバコの煙を吐き出しながら、ちょうど良い日溜まりを探すように周囲を見回した。
屋上には、本当に洋平一人しかいなかった。
一人の方が気楽だと思いつつ、賑やかな友人たちの存在に慣れてしまっている自分もいる。
寂しいような気楽なような、複雑な感情を持て余しながら、洋平は見つけた日溜まりに座り込んだ。
3年生は自由登校になっている。
ぼんやりと頭に浮かんだ上級生の影を振り払うように、洋平は頭を振った。
もうあの人の姿に煩わされることもなくなるはずだ。
そう考えて、洋平は少し安堵して、でもどこかやるせない感情も生まれてしまう、そんな自分にため息を吐いた。
何故、こんなにあの先輩のことが気になってしまうのか、洋平はわからない振りをしたままもう半年以上の月日が経った。
このまま、わからないまま会えなくなるのなら、それはそれで平和で安心できる毎日になるだろう。
でも、そんな退屈そうな毎日に飽きてしまうような気もする。
そんな事を考えながら吸うタバコは何だか不味くて、洋平が場所を変えようかと腰を上げようとしたその時。
ガチャリ。
屋上の扉が開いた。
洋平は嫌な予感がして、柄にもなく神様に祈りながら、その扉の向こうにいる人が屋上に入るのを待った。
「やっぱ、お前ここに居たのか。」
『やっぱ』ってなんだ、もしかして俺のこと探しに来たのか。そう考えると、少しだけ胸がざわついた。
三井に気付かれないように深呼吸をして、洋平は何事も無いように口を開く。
「何しに来たの?
 もうすぐ試験じゃなかった?」
「息抜きだよ。」
そう言いながら洋平の横に並んで、持っていた缶コーヒーを開ける。
「お前はほんと、ここが好きだよな。
 よくもまぁ、こんな寒い日にこんなとこで日向ぼっこできんな。」
「ま、一人になるのにちょーど良いし。」
洋平は、思わず『邪魔者』だと言いそうになるのを堪えて、でも遠回しに伝わるような表現を選んだ。
「それはまぁそーだな。」
伝わったのか、伝わっていないのか。
微妙な空気の中、三井は気楽そうな口調だった。
「花道が言ってたぜ。
 洋平はすぐに孤独な振りをする癖がある。アイツの悪い癖だって。」
三井は少しだけ花道の口調を真似するようにそう言って続ける。
「お前はまぁ、もう少し周りにいる奴等にちゃんと本音言え。
 いや、本音じゃなくても良いか。
 何でも良いから、思ったことはちゃんと口に出すようにしろよ。」
「一人の方が気楽だっつの。
 ・・・何。三井さん俺に説教しに来たの?」
洋平はそう言って、フェンスに寄り掛かる。
「寂しいくせに。」
笑う三井に気付かない振りをしながら、洋平は空を見上げた。
そんな洋平の姿に、三井は小さく笑いながら立ち上がる。
「ま、たまには顔出してやんよ。」
そう言いながら手を振る三井の背中を見ないようにして、洋平はタバコの火を消した。