竜胆 - 1/2

01

謎の新人とミスタの追撃からどうにか逃げ切り、辛うじて生き永らえたギアッチョはやっと辿り着いた自身の隠れ家の薄ら寒い部屋で一人、リーダーであるリゾットからの最後の連絡を受けた。
『チーム解散』
メールの内容はたったそれだけの簡潔なものだった。
本来なら、いくらチームリーダーであるとはいっても、リゾットの一存だけでチームの存続を宣言できないだろうが、パッショーネに反旗を翻した今、ギアッチョにはリゾットがそれを宣言しても良いように思えた。
それだけの文面だったが、その言葉の裏には『逃げ切れ』もしくは『生き残れ』という指示――もしかしたら、リゾットの願い――も込められていることをギアッチョは知っている。
『暗殺者は生きて帰って初めて一人前。死んだら三流以下。』とジェラートはいつも笑っていた。
だからこそ、ギアッチョは生きて帰るために必死で逃げてきた訳だが、他のメンバーはどうなったのだろうか。
ふと気になった。
『失敗したらしい』とは聞いていたが、『死んだ』とは聞いていないし、少なくともギアッチョは彼らの生死確認をしていない。唯一、メローネと連絡は取っていたが、あれが彼の最期だったかどうかまでの確証は得ていない。仲間たちの生死確認する時間など無かった、と言う方が正しい状況だったとも言えるが、リゾットからきたメールの宛先がソルベとジェラートを除いたチーム全員だったこともあって、ギアッチョの頭には一瞬だけ他の仲間の事が過った。
簡単に死ぬような奴らじゃないし、生きることを簡単に諦めるような奴らでもない。
きっと今の自分のように、何処かの暗がりに潜んでいるに違いなかったが、今現在のギアッチョは、自分が『生き残る』方法を考えるだけで精一杯だった。
今さらネアポリスやポンペイに立ち寄ったり、フィレンツェ行きの特急に乗っている余裕などない。
彼らの持つ潜伏先も知ってはいたが、ギアッチョが知っている場所がその全てではないだろうし、そもそもその全てを見て回る暇もない。
ギアッチョはメールを見てすぐに立ち上がった。
当面の避難先はスイスが妥当だろう。
スイスを逃亡先に選んだ事に特別な理由があった訳ではない。そもそも行き先の選択肢など多くはなかった。
唯一手元に残っていた偽造の身分証明書が、自身がスイス人であることを証明していたから。ただそれだけの理由である。
その証明書はつい先日の業務で使用したものだが、パッショーネ経由で用意したものではなかったので、使ってもすぐに足はつかないだろうと思われた事も大きい。
ギアッチョは満身創痍の身体でも必死で最低限の準備をすると、ゆっくりと部屋を見回した。
もう二度と、この部屋――部屋どころか、生まれ育ち、生きてきたこの国――へ戻ってくることはないだろう。
寂しくない、と言えば嘘になるかもしれないが、この部屋にこの国に思い出になるようなものはない。
思い出どころか、『持ち物』なんか初めから無かったのだ。
ギアッチョも、おそらくは他の仲間たちも、何も持ってはいなかった。
アジトのことが少しだけ気になったが、用意周到で用心深いリゾットのことだ。もう全て『終わった』後だろう。
ギアッチョは部屋を出て、そっと扉を閉じる。
ゆったりとした動作で普段は使わない三つ目の鍵をかけたその瞬間、部屋の一角でゆらりと炎が上がり始めた。