待機中の車内は退屈なこと、この上ない。
憂鬱そうな顔で二重にした毛布にくるまりつつ紫煙を吐き出すイルーゾォに、運転席に座るギアッチョはその紫煙を横目にミネラルウォーターを飲み干すと、そのボトルをぐしゃりと潰して、後部座席に投げ込んだ。
ボトルは音もなく暗闇に呑まれていった。
呑まれていった、というより空中で消えた。
イルーゾォの『余興』だ。暇を持て余した時、彼は彼のスタンドとよくこういう『遊び』をする。
ギアッチョは、ついでに紫煙も持ってけよ、と心の中で悪態を吐きながらゆっくりと息を吐き出した。
退屈だ。
一体いつになったら、ターゲットは現れるのか。
こんなことは日常茶飯事とはいえ、よりにもよって、こんな場所でこの日を迎えることになろうとは。
いつまで経っても鳴る気配の無い携帯電話に、車内の退屈は極限に達しようとしている。
ギアッチョは背凭れに体重を預けて、そのまま、ずるり、と沈み込んだ。
イルーゾォはその様子を横目に見ながら紫煙を吸い込む。
眠るつもりはないのだろうが、おそらく、まだまだターゲットが現れないことを察しているに違いない。そして、イルーゾォ自身もそれを直感している。
こういう時のそういう勘はよく当たる。
ふたりともそれを自覚しているから、互いに黙ったままやり過ごそうとしていたのだが、先に口を開いた――というより、耐え切れなくなった――のはイルーゾォだった。
「お前さぁ、寒くねぇの?」
イルーゾォが言葉とともに吐き出した白い息は、寒さのせいだったのか、ただの紫煙だったのか。ギアッチョはそれを判別しかねた。暗い車内にはイルーゾォの蒸かす煙草の小さな赤だけが光っている。
ギアッチョは呆れたような目線だけをイルーゾォに寄越して、わざとらしく溜め息を吐いた。
人の毛布を許可も取らずに何食わぬ顔で使っておいて、いまさら何を言い出すのか。
ギアッチョはイルーゾォの質問には答えず、車の外の暗い世界に視線を逸らした。
クリスマス明けから珍しく穏やかな天気が続いていたせいなのか。寒い、といえば寒いが、耐えられない程の寒さではない。
ギアッチョは組んでいた腕を外して窓ガラスに触れた。冷たく固い感触が指先を通して脳に伝わる。
スタンド能力のせいもあってか、寒い空気も冷たい感触も嫌いじゃないし、そんなものには疾うの昔に慣れ切っている。この狭い車内でかさ張る毛布など邪魔になるだけだ。それでもプロシュートが半ば強引に持たせた毛布を大人しく車内に積み込んだのは、寒がりのイルーゾォの為である。
ギアッチョのそういう性格をオンでもオフでも知っているイルーゾォに毛布を返すつもりなど無いだろうし、おそらく『返せ』と言われることすら想定していないに違いない。そもそも、そんな顔で此方を見下ろすイルーゾォに、ギアッチョは初めから期待をしていない。
この仕事が終わったらイルーゾォ自身に暖めてもらえばいい、と、そう考えている。
無論初めからそのつもりなのだが、イルーゾォもそんなことは想定済みのはず。
いまさら『答え合わせ』をするような問題じゃない。
初めから『結論』は出ているのだ。
だからギアッチョは、イルーゾォの質問には答えぬまま、イルーゾォが咥える煙草へと視線を戻した。
「そろそろ消せよ。」
イルーゾォはそんな静かな小言に盛大に肩をすくめて、わざとらしく溜め息を吐きながら短くなった煙草を灰皿に擦り付ける。
車内に静かな闇が満ちようとしたその瞬間だった。
大きな音がして、ギアッチョとイルーゾォは同時に顔を上げる。
「Buon Anno!」
華やかな花火を見上げながら、イルーゾォはつまらなそうに呟いた。