02
ビルの隙間にある路地の前を数秒前に通り過ぎたその時から、なんだか妙に強い視線を感じている。
念のためピストルズを待機させながら静かに振り返ったミスタの視線の先には、金色の美しい毛並みを持つ猫がいた。
黒猫を飼い始めて以来、フーゴは事あるごとに「ただの『gatto llibero』とは思えない猫」との遭遇談について語るようになったのだが、確かに目の前のこの金色の猫が『gatto libero』だというのなら、『只者』ではない。
黙ったまま猫と向かい合って、ふと猫が見ているものがミスタ自身ではなく、手に持っている人気惣菜店の紙袋だと気が付いたミスタは、はぁ、と大きく溜め息を吐いて、頭に手を遣った。
狙いはこれか。
紙袋の中は今夜のミスタおよびピストルズたちのディナーである。
猫など無視して立ち去っても良いのだが――いつもならそれを出来るのだが――、何故だかミスタはその青い瞳の前から動くことが出来なかった。配備させたピストルズたちも同様のようで、静かに猫の様子を窺っている。
ミスタやピストルズたちの――そもそもこの猫がピストルズを『視認』しているのか、ミスタはそれを判断しかねたのだが――視線を受けても猫は微動だにせず、堂々とミスタの『紙袋』を見つめている。
見た目も立派だが、頭の良い猫らしい。
ミスタは溜め息を吐くと、紙袋からポルペッティの入った容器を取り出した。その瞬間、一番近くにいたNo.5から「あ」と小さな声が聞こえた気がしたが、ミスタはそれを気にすることなく、取り出した容器を猫の方へ滑らせた。
猫は器用にその容器を足で受け止めると、ミスタの方へ静かに頭を下げてから、やはり器用に容器を口で咥え、問題の路地へと静かに去っていった。
気になる。
ミスタは単純にそう思った。
そもそも猫に礼を示されるとは思っていなかったのもそうだが、それ以上に色々な事が気になる。
好奇心に負けたミスタはしばらくその場で考え込んでから、ピストルズが何か言うのも気にせず、金色の猫が消えた路地へと足を踏み入れた。
果たしてあの猫がおとなしくミスタの尾行をほっといてくれるのか、そんな疑問を過らせつつ、しばらく歩いた先にある路地の先の行き止まりには、先ほどの金色の猫の他に、癖毛なのか頭頂の毛が逆立っているキジトラの猫とクリーム色っぽいハチワレの猫とクルンと毛先が丸まった白猫がいて、三匹は仲良く、ミスタが提供したポルペッティを食べていた。
金色の猫はそこから少し離れたところで、ミスタを睨み付けている。
まるで「何しに来た。さっさと帰れ。」とでも言いたげな瞳である。
ミスタはへらりと口角を上げた。
四匹にあれでは足るまい。
「『兄貴』っつうのは大変だよなぁ。」
ミスタはのんびりとした口調でそう言うと、持っていた紙袋を足元に置いた。中身はトリッパと牛肉の赤ワイン煮込み。猫が食べられるのか、正直分からなかったが死にはしないだろうし、コイツらなら食べられる気がする。自分等の分はまた買えばいい。
ミスタが顔を上げると、金色の猫はやはりミスタを睨み付けながら、それでも静かに頭を下げた。
ずいぶんと律儀な猫だ。
「困った時はお互い様だからな。
オレも困った時は……、よろしく頼むぜ。」
ミスタは陽気に笑いながら、ひらり、と手を振って、路地を後にした。