夜は自分の醜さに挨拶をする時間だとママが言ってた

チッ。
土方は心の中で舌打ちをした。
体は返り血と汗でベトベトしている上に、やけに血の生臭い匂いが鼻をついて、気持ち悪い。
連絡はしたから、あと数分もすれば山崎が他の若い隊士を連れてやってくるだろう。
土方は気持ちを落ち着けるようにタバコに火を点けて、自分の運の無さを呪った。
今日の午後から明後日まで非番だった。
久しぶりにゆっくり休もうと、書類整理もそこそこに仕事を切り上げた。夕刻には湯を使い、山崎でも付き合わせて部屋でのんびり晩酌するつもりでいたのだが、昨日までの暑さが嘘のように心地の良い夜風に誘われて、夜の散歩のついでにどこかの河岸で軽く一杯楽しもうかと考えたのが運のツキだった。
屯所を出て少し経ったところで、不穏な輩に囲まれた。
人数は少なかったが、立ち位置が悪く、運悪く思い切り返り血を浴びてしまった。
山崎たちが来たら、まず現場検証と残党がいるかもしれないから周辺捜索の指示を出して、山崎にはコイツらの素性を調べさせよう。高杉や桂に繋がるような輩には見えなかったが、万が一もある。用心するに越したことはないだろう。
自分は一旦屯所に戻って、風呂を使っている間におおよその報告は上がってくるだろうから、そしたら…
少し先の予定について考えている時だった。
「あれぇ、多串君じゃん。
 ずいぶんとまぁ、物騒な格好で。」
土方が聞き慣れなれた声に振り返ると、銀時がぬぅらりと立っていた。
「おめぇ、こんなとこに何しに来た。」
「何しにって……
 多串君の後ろ姿が見えたから、挨拶に来ただけなんだけど。」
銀時はボリボリと首の後ろを掻きながら、退屈そうに答える。
傍らにある転がったままの死体を一瞥して、頭上の月を少し見上げてから、もう一度土方の方に顔を向けた。
「飲みでも行かねぇ?」
「……その目ん玉は飾りもんか。
 こんな姿で飲みになんか行けるわけねーだろ。」
妙に腑抜けたような、昼間の銀時とは異なる雰囲気に、土方は少しだけ警戒して、無意識のうちに距離を取ろうとしていた。
「いや、まぁそうだよねぇ……、うん、そうなんだけどね……」
対する銀時の様子はどうにもあやふやだった。
「せっかく月の綺麗な心地好い晩にさ、こんな気分のよくないもん抱えたまんま寝んのも、夢見悪くね?」
「だからって、こんな姿じゃ気味悪ぃし、周りに迷惑掛けんだろ。
 それに、」
土方は薄暗く血の匂いのする方へ視線を向ける。
「仕事が出来ちまった。」
「そっか。
 まぁ、そうだよな。
 真撰組も大変だねぇ。」
銀時はのんびりと心にもないことを言う。
土方が内心イライラし始めたところで、暗闇を切り裂くような車のヘッドライトが見えた。2人から少し離れたところで車が止まる。
「副長!」
山崎が車を降り、土方の元へ駆け寄った。
「お怪我はありませんか?」
「あぁ。」
そう言って、土方はいつものように山崎や他の隊士にテキパキと指示を出す。
銀時は完全に蚊帳の外で、ぼんやりと、まるで鼻でもほじりだしそうな雰囲気でその様子を眺めていた。
隊士たちに簡潔に指示を出してしばらくした後、土方は車の方に歩き出した。
「あ。」
「んだよ?」
車に乗り込もうとする土方の背中に、銀時が思わず声を掛ける。
「あー、と……、良い夢を。」
歯切れ悪くそう言って、やる気のない笑顔を見せる。
いつものようにくだらない罵詈雑言が投げ掛けられると思っていた土方は一瞬、戸惑いの表情を見せて、「おめぇこそ。」と言った。その表情に、ほんの少しだけ柔らかさを感じた気がして、銀時も少しだけ頬を弛める。
「じゃ、後は頼んだぞ。」
厳しい表情に戻った土方は、山崎を始めとする隊士の面々にそう告げて、車に乗り込んで去っていった。
車が見えなくなっても、しばらく銀時は暗闇を見つめ、ぼんやりとしていた。
山崎の視線を感じて、銀時が山崎の方に振り返る。
「何、ジミーくん。」
「いや、月の綺麗な晩なのに、副長も旦那も運がないですね。」
淡々とそう言って月を見上げる。
「じゃ、旦那も良い夢を。」
笑いながら、でもどこか無感情にそう言うと、山崎は夜の闇に消えていった。
またしても取り残された銀時は頭を少し振って、頬をペチりと叩くと、もと来た道を鼻唄を歌いながら帰っていった。

「どこ行ってたアルか?」
既に寝ているだろうと予想していた少女が起きていたことに、銀時は少しだけ面食らいつつ、平静を装った。
「散歩だよ、夜のお散歩。」
普段通り、気怠そうにそう答え、手を使わず器用にブーツを脱ぐ。
鼻の利く彼女のことだから、ニコチンの香りにも血の匂いにも気付いているのだろう。不審そうに銀時を睨み付ける。
「お子様は早く寝なさいよー。」
そう言いながら、ジャンプを片手に居間兼仕事場のソファに寝転ぶ。
少女はまだ何か言いたそうにしながらも、諦めたように自分の寝室兼押し入れに向かう。
「良い夢見ろよ、銀ちゃん。」
銀時は少しだけ顔を上げて、少女の後ろ姿に声を掛けた。
「神楽もな。」