病んでる惑星の上の僕らの生活

深夜のCDショップで、銀八はぼんやりと新譜の棚を眺めていた。
特に好きなアーティストが新曲を出した訳ではない。
そもそも新曲があれば、配信で聴ける。
手持ち無沙汰になるとCDショップを彷徨くのは、学生時代からの習慣、ただそれだけだった。
特にCDを手に取る訳でもなく、そのまま立ち去ろうとしたところで。
ふと、某オルタナティブ系ロックバンドの特設コーナーで佇む女性が銀八の目に入った。
長めの前髪に胸元に掛かるさらさら黒髪ストレートヘア。
伏し目がちの切れ長の目に長い睫毛。
ツンとした鼻立ち、スッキリとした顎のラインに、薄めの唇。
スリムジーンズに大きめのスウェット、ゴツめのスニーカーとボーイッシュな服装だが、細い身体によく似合う。
単純に美少女。
ドンピシャで銀八の好みのタイプだった。
何気なく彼女の後ろを歩いて、その腕を取る。
「土方くん、こんなとこでこんな時間に何してんの?」
土方は驚いて振り返った。
「銀、八……?」
バレた、というショックよりも、そもそも担任の教師に街で遭遇するなんて考えていなかった土方は狼狽しつつ、銀八の後ろの様子を伺う。
同じように女装している山崎がフロア内のどこかにいるはずだった。
「ったくよぅ。
 こんな時間に何してんの。補導でもされたらどうする訳?
 オレに余計な仕事増やさんでくれる?
 とりあえず、オレと来い。」
腕を掴まれた土方は、大人しく銀八に引き摺られ歩き出した。
その様子を棚の影に隠れて伺っていた山崎は静かに溜め息を吐いてから、土方には悪いが素知らぬフリをしたまま店を出ようと、銀八から距離を取りながら早足で通路をすり抜ける。
広めの通路に出たところで、長身の男性が担いでいるギターケースにぶつかった。
「あ、すまぬ。
 大丈夫でござるか?」
聞き覚えのある独特の口調に山崎が思わず顔を上げると、クラスメイトの河上が立っていた。
(今日はふたり揃って最凶に運が無い日なのかも。)
山崎はドキリとしながらも声は出さずにペコリと頭を下げる。
あまり接点はなかったが、迂闊に声を出せばバレるかもしれない。
目線を合わせぬようそのまま立ち去ろうとするが、河上の大きな体とギターが邪魔をして上手く通り抜けられそうになかった。
「主、何処かで会ったことはなかったか?」
「……い、いや、その。」
小さな声で吃りながらペコペコと頭を下げつつ河上の横を通り過ぎようと、山崎が更に体を小さくしたところで、後ろから銀八の声がした。
「つーかよぅ。
 河上に山崎まで、ホントにこんな時間に何してんの?
 受験生は大人しく部屋でシコってろっつの。」
受験生は大人しく部屋で勉強してろって言うとこじゃねぇのかよ、と胸の中でツッコミつつ、山崎がゆっくりと振り返る。
「……あぁ、山崎殿でござったか。
 では、そちらは土方殿か。」
後ろから聞こえた間抜けな声に、山崎は何も言わなかった。
土方、河上、山崎の3人は大人しく銀八の後に続く。
銀八も含め、誰一人として口を開かぬまま、流行りのバンドの歌声が響く客などほとんどいない店内を通り抜け、階段の踊り場に出たところで、銀八は立ち止まり3人の方へ振り返った。
「まぁ、3人ともそんな格好なら17、8には見えねぇかもしんねぇけどよぉ。」
青文字系のこじゃれた女子大生にしか見えない土方と山崎、革ジャンを着こなし、ギターを担いだバンドマン河上。
周囲に誰も居ないことを確認してから、銀八は3人をゆっくり見回した。
「つか、河上。お前本当に1人だろうな。高杉とかいねぇだろうな。」
「拙者1人にござる。嘘は吐かぬ。」
「ったく。
 今何時だか分かってんの?
 受験生のお前らが補導でもされたら、内申に色々と響くでしょうが。
 河上、」
「拙者、進学組でも就職組でもござらん。」
「……。
 土方、」
「俺、東大志望。試験しか考えてないし。」
「……。
 山崎、お前は奨学生希望じゃなかったっけ?」
「……はい。」
「こんなとこで補導でもされたら、奨学金アウトだからね。
 土方だって親友なんだから、山崎の事情考えなさいよ。
 とりあえず、今日の事はノーカンにしとくから、3人とも帰りなさい。
 めんどくせぇけど、先生が車で全員送りますから。
 めんどくせぇけど。」
最後の「めんどくせぇけど」に力を込めながら、『付いてこい』と促すように3人を見回してから、銀八は階段を軽やかに下り始めた。

「待て。河上。」
無言のまま4人、小さめの車に乗り込もうとしたところで、銀八が口を開いた。
「お前、後ろ。」
自然に助手席に乗り込もうとした河上が動きを止める。
「拙者が後ろ、でござるか…?」
ちらりと後部座席の様子を窺う。
「いや、後ろに拙者では、ちと狭いのでは…
 土方殿にしても山崎殿にしても、隣になった御仁に窮屈な思いを…」
「俺、助手席には女の子以外乗せねぇことにしてんの。」
後ろにいた土方と山崎を気にしつつ、「…銀八殿、その…、ここに生物学的な意味での女性はおらぬ、かと…」と、河上が小さな声で言うと、銀八は土方を指差した。
「だぁーかぁーらぁー。
 100歩譲って、土方。お前が助手席。
 荷物置けるスペースねぇから、ギターはてめぇで抱えてろ。」
そうぶっきらぼうに言い切って、銀八は車に乗り込みエンジンを掛ける。
未だ車内に乗り込もうとしない3人の方に視線を向けた。
3人は互いに顔を見合わせてから、やはり無言のまま、銀八に言われた通りのポジションに乗り込む。
気まずい空気のまま、車は滑るように走り出した。