調子はずれな鼻歌は最近流行りのバンドの新曲らしい。
昨日の夜のドライブで、おそらく同じ歌を土方が聴いていた。
「これくらい知ってないとオッサンって言われるぜ」とか何とか言っていたのを適当に聞き流した光景が、遠い過去の出来事のように、ぼんやりと頭の中に浮かんで消えた。
パチパチとパンが焼けていく、柔らかく甘い匂いに気が付いて、銀八は目を覚ました。
となりで寝ていたはずの恋人の姿が無くて、キッチンに視線を向ければ、
その後ろ姿が見える。
フレンチトーストを焼いているのだろう。そういえば「明日の朝食はフレンチトーストだ」って、昨日そんな事を言っていたような気がする。
調子外れな鼻歌を歌う、その機嫌の良さそうな愛おしい背中を、少しだけ疎ましく思いながら、銀八は身体を起こした。
そんな銀八に気が付く様子もなく、土方は鼻歌を止める事なく、フライパンの様子を窺うように俯いている。
恋をするなんて、面倒くさいと思っていた。
ましてや、教え子と恋に落ちて、一線を越えて恋人同士になるなんて、本当に面倒くさい以外の何物でも無いと思っていた。
銀八は今でもそう思っている。
だから銀八は、この恋がいつ終わっても良いと思っている。
いつ終わっても良いように。
その時に後腐れ無いように。
そう願っている。
今も現在進行形でそう願っている。
彼もきちんとそれを理解していたから、こういう関係になった。
それを「恋人ごっこ」だと笑った彼の顔はとても可愛らしかった。
まだ少し線の細い、その背中を抱き締めたいと思う心を振り切るように、銀八は髪をかきあげ、窓の外を眺める。
少し前に夜だった事を忘れたかのように、直に夜が来る事なんか忘れているかのように、雲ひとつない、きれいな青空が広がっていた。
この部屋の質感も、この甘く焦げていく心地好い匂いも、この調子はずれな鼻歌も。
きっと一生忘れないのだろう。
たとえ、そこに土方がいなかったとしても、きっと忘れない。
そう思って、銀八は退屈そうに頭を振った。