02
「どうせ『お前は可愛い女の子とお付き合いして、所帯持って、子ども作って、人並みの、穏やかで幸せな人生を歩むべきだ』とかなんとか考えてんだろ。」
土方は一息に言い切って、真剣な眼差しで銀八の目を見つめた。
銀八がその目を避けるように、少しだけ笑いながら口を開こうとしたところで、土方はそれを遮る。
「ふざけんな。俺の幸せを銀八が決めんのかよ、今更。」
銀八は開きかけた口を閉じた。
「俺は今も、きっとこれからも銀八が好きだ。」
そう言う土方に対して銀八は何も言わず、ただ土方から目を逸らすように、その向こうの景色を眺めるように目を細める。
空は雲高く晴れ渡って、ふたりの間を穏やかな風が吹き抜けた。
土方は銀八の言葉を待つようにその目を見るが、銀八は口を開く素振りすら見せない。
言葉も、一切の雑音も、すべてがこの10月の晴れやかな青空に吸い込まれてしまったように静かだった。
まるで、世界にたった2人だけが取り残されてしまったように。
銀八にはそう思えた。
時が止まってしまったような、そんな錯覚を覚えながらも、銀八は沈黙を貫いた。選択肢など、あの日あの時、教師と生徒を越えた関係になってしまった時点で疾うに失ってしまった。
それなら、彼のシナリオの通りに、彼の言葉に従うべきだと思っていた。
それが銀八なりの優しさだった。
しばらくして、土方は諦めたように笑いながら溜め息を吐く。
「でも、銀八も分かってんだろうけど、俺プライドだけは高いから、『別れたくない』っつって、銀八に縋り付くのも耐えらんねぇ。
だから」
土方はそう言って手を差し出す。
「今日、ここで銀八と別れる。
俺が自分の意思で銀八を振ったんだって。卑怯なやり方かもしんねぇけど…俺はまだ『子ども』だから、許して欲しい。」
土方につられて出した銀八の手を握り、「あんがと。最後まで俺の我が儘に付き合ってくれて。」と笑った。
「本当に卑怯なのは、『大人』のオレだよ。」と、言葉にはせず、ただ曖昧に笑うだけの銀八に、土方は一瞬寂しそうな表情をして、空を見上げる。
「おめでとう。」
土方はそう小さく呟いてから、握ったその手のひらに小さなチョコレートを残して、背を向ける。
「土方くん、コレ…」
「銀八、今日誕生日だろ。俺からの、最初で最後のプレゼント。」
振り返らないまま、手だけを『サヨナラ』と小さく振って歩き出す。
去っていく土方の背中を最後まで見つめてから、銀八もさっきの土方のように空を見上げて、溜め息を吐く。
腹立たしく思ってしまうほど、空は綺麗に晴れ渡っていた。
タバコを吸う気にはなれなかった。
それがただの自己満足であることを分かっていても、それでも、自分の吐き出す有害な煙でこの空を汚したくなかった。
銀八は手のひらで少しだけチョコレートを弄んでから、やがて意を決したように青空に放り投げ、のっそりと歩き出す。
誰もいない屋上を、秋風が静かに吹き抜けた。