卵焼きの焼ける匂いがして、土屋は目が覚めた。
美味しそうな匂いだなと思いつつ、少しだけ寂しいような気もした。
今日の朝くらいは、2人一緒に目を覚ましても良いような気もする。
三井はどうだか知らないが、異性でも同性でも、他人と体温を共有したのは、初めてだった。
2年ばかりグレていたそうだから、三井の方は初めてではなかったのかもしれない。
そう思う土屋を尻目に、三井はいつも通りの様子でキッチンに立っている。
半身を起こして、昨晩脱ぎ捨てたTシャツを探すが見当たらないので、近くにあった三井のTシャツを着て、ベッドから出る。
三井の後ろ姿をよく見ると、彼は土屋のTシャツを着ていた。
お気に入りやのになぁ、とまだ半分寝たままの頭で思いながら、壁に寄っ掛かりながら座り、ベランダの方に目を向ければ、気持ち良さそうな柔らかい日差しが広がっていた。
朝御飯を食べたら、2人で散歩に行こう。欠伸をしながらそう思って、三井の背中に視線を戻す。
彼は同性の自分を受け入れたことをどう思っているのだろう。
考えれば考える程、不安に駆られる。
彼が何を考えているのか、分かればいいのに。
キッチンの様子を窺ってみても、三井の背中をどんなに見つめても、彼の頭の中など分かりそうにもなかった。
パチパチと卵焼きの焼ける音を聴きながら、物思いに耽っていると、部屋の中が、ぬるま湯で充たされていくような、不思議な感覚になった。
卵が甘く焼けていく、いい匂いがする。
しばらくぼんやりと頬杖をついて、気怠い頭をそのまま重力に任せてローテーブルに突っ伏していると、すぐ隣りに三井の気配を感じた。
土屋は顔を上げる。
「三井くんはどぉ思う?」
「何が?」
「せやから。
テレパシーとか出来たらえぇなぁとか思わへん?」
「いや、別に。」
何を急に、とは思いつつも、三井ははっきりと土屋の問い掛けを否定した。
彼の思考が、突拍子も途方も脈絡もない結論に至ることはしょっちゅうだったから、三井はもう特に気にしていなかった。
「はっきり否定的やな。」
「じゃあ逆に聞くけど、お前はなんでテレパシーなんかしてぇの?」
「言葉なんかじゃ全然伝えられへんし、伝わらんもん。
それにテレパシーなら離れてても意志疎通出来るし。」
三井は無表情のまま、2つの卵焼きをテーブルに並べて座る。
自分の前に置かれた卵焼きは、きっと三井の前にあるソレより甘いのだろう。その様子を見て、土屋はそう思った。
「・・・テレパシーなんか使ってたら、他人と自分の差が無くなるっつうか、こうして物理的に二人で一緒にいる意味無くね?」
いつもなら「狭い」と言って正面に座る三井が、土屋のすぐ隣りに座った。
いただきます、と小さな声で唱えながら手を合わせた後、自分の分の卵焼きに添えた大根おろしに醤油を掛けるその姿を見て、土屋は三井の事がとても愛おしいと思った。
「他人だからわかって欲しいし、伝えたいし、共有したいし、触りたくて、一生懸命になるんだろ?」と言う三井を、土屋は抱き締めた。シャツ越しの体温が何だかもどかしかった。
「愛してる」と言う土屋に、三井は照れ隠しをするように、ただ「食いづらい。」とだけ言った。