SS:万山 - 2/2

3Z風

部活も委員会もない土曜日。
山崎がいつものメンバーとともに「昼飯何にするか」などと喋りながら下駄箱にいると、不意に声を掛けられた。
「山崎殿。一緒に海を見に参らぬか。」
その独特な口調で、声の主は振り向かなくとも分かる。
「どした、急に。
 つか、シーズンじゃないし。海には早くね?」
河上の近付く気配を感じながら、山崎は下駄箱から靴を取り出す。
「昨晩、山崎殿の夢を見たでごさる。
 泣きながら、『海が見たい』と申していた故。」
山崎が振り向くと、そこには制服を着崩し、サングラスとヘッドホンを装着した、いつも通りの河上万斉が立っていた。
「で?」
「だから、海を見に行こうと申しておる。」
河上はその見た目の通りに不良だったが、それ以上に電波系として有名な奴だった。
一緒にいたはずの土方と沖田は疾うに靴を履き替えていて、「山崎ぃ、じゃあな。」と言いながら玄関に去っていくところで、山崎はその後ろ姿に「じゃあなー。」と声を掛けると、河上の方に振り向き直して「構わんよ。」と短く答えた。

「で。どこ行くの?」
駅前に停めていた河上のバイクの後ろに跨がりながら山崎がそう問うと、「決めてはおらぬ。」と気の抜けたような返事が帰って来た。
「何だよ、それ。」
「山崎殿が申していた故、一緒に決めようかと。」
『俺が言ってたってゆーか、お前の夢の話だろーが。知らんがな。』とは口にも表情にも出さず、「どうせ行くならお台場はやだなぁ。めちゃくちゃキレイな海がいいとは言わんけど。」と山崎が答えると、河上は「了解した。」と言って、エンジンを掛けた。

あの後、河上のバイクは2時間弱走り、2人は三浦海岸の先端の海岸にいた。
5月の海には人が少なく、犬の散歩中の人影が遠くに見えるだけだった。
「砂浜に下りなくて良いのか?」と問う河上に、山崎は「砂まみれになったらめんどい。」と答え、2人並んで砂浜に降りる階段の途中に座り、黙ったまま海を眺めていた。
夕日にはまだ早かったが、少しずつ、でも確実に、海風は冷たくなってきている。
昼間の夏日のせいで、山崎は薄着だった。
ふと、河上が立ち上がったのが気配で分かったが、彼がすぐに戻ると確信していた山崎は、地平線を見つめたまま振り向かなかった。
暫くして、河上が戻ってきた気配を感じると同時に、こと、と缶コーヒーが置かれたのを横目で確認する。
「山崎殿は寒くはないか?」
「寒い。
 つーか、帰りバイクじゃん。絶対寒いじゃん。
 そのカーディガン寄越せ。」
地平線を見つめたまま山崎がそう言うと、河上は苦笑しながら、自身のカーディガンを山崎の肩に掛け、少しだけ離れた所に座る。
「拙者はジャケットを用意している故、それは主の自由にしてもらって構わぬ。」と答えた。
山崎は少し大きめのカーディガンを羽織る。
香水か。
ふわりと、甘くて苦い香りがした。
「自分だけジャケット用意とか有り得なくね?
 この缶コーヒーは計画性がなくて、自分勝手で自分の事しか考えてないお前のオゴリな。」
山崎は一瞬どきりとしたことを誤魔化すように、抑揚のない口調で悪態を吐いた。
心臓がやけに痛かった。