Raison d’etre

イルーゾォには前世の記憶があった。
だが両親や周囲の人間にそれを伝えたことはない。
イルーゾォの現在の両親はとても現実的な思考の持ち主で、幼いながらにもそれを両親に伝えたところで本気にしてもらえないだろう、それどころか心配されたあげく病院に連れていかれるかもしれない、と理解していたのである。
それに今の状況は前世でのそれよりだいぶマシだったので、文句をつける理由も特になかった。逆に文句をつけるなんて罰当たりだ、そう考えていた。
ただ、生まれ落ちた今の状況に愚痴は言いたかった。
まず自身の性別である。
前世では『肉感のない女なんて女じゃない』と、ガリガリの女をバカにしていたのに、今世では何の因果か、自分がちんちくりんな女になってしまった。
前世でもスラム育ち故、ソルベとジェラートに拾われ暗殺チームに入るまでガリガリではあったのだが、今は裕福とは言えぬまでも、それなりに普通の家庭で育ち、食うに困ることもなかった。
捨てられた残飯を漁ることもない。
栄養状態はあの頃より遥かに良いはずなのに、それでこの体型である。
もう10代後半で、これからの成長も期待できそうにもない。
前世の仲間たちに会いたい気持ちはあったものの、前世での自身の言動をよく知っている仲間たちに会えば一目でバカにされるに違いなかった。
その上、今のイルーゾォには心強い相棒もいない。
それはとても寂しく、悲しい事実だった。
前世における自身の置かれた状況は、簡単に口にはできない程、最悪の環境だった上に短い人生でもあったのだが、それでも相棒や仲間たちとの生活は悪いものではなかった、と言い切れる。
そんな満ち足りた記憶のせいか、今のイルーゾォに友人はいない。
作るつもりもなかった。
そんなイルーゾォに両親も口うるさく何か言うこともなかったので、今の状況に色々と思うところはあるものの、それなりに満足していた。
イルーゾォはその日もいつもと同じように、1人で昨日と変わらぬ街を歩いていた。
「あれ、もしかしてイル?」
背後から掛けられた聞き覚えのある声に、イルーゾォは振り返った。
最後の記憶より若く少年の声ではあるが、それはかつての仲間だったあの男の声に違いなかった。
「あー、やっぱりイルじゃん!
 つか、イルってば女の子になってるし!
 ほっそ!」
振り返ったイルーゾォの視線の先には制服姿のメローネが立っていた。
イルーゾォがからかいの声を上げながら駆け寄ってきたメローネを見上げれば、メローネはそんなイルーゾォを笑って見下ろした。
「うわ。
 イルに見上げられるなんて、めっちゃ新鮮!」
「うるせ。」
その不貞腐れた表情に、メローネは昔と変わらぬ表情でへらりと笑った。
「女の子でも変わんないなぁ。」
「……お前も変わんないな。」
そう言いながらメローネの姿かたちを窺うように見つめる。
雰囲気は以前とあまり変わらないが、やはりどこか線が細い。
身に纏っているその制服は、近辺でも進学校として有名な男子校のものだった。
「いやぁ、そんなに見つめられると照れるなぁ。」
笑うメローネを上目使いに睨み付ける。
「イルは女子高生やってるみたいだね。
 オレは17歳、男子高校生やってます!」
「……私……、オレもおんなじ17歳。
 近くの公立高通ってる……」
メローネはそれを聞いてへらりと笑った。
「せっかくだからさ、どっか入ってゆっくり話そうぜ!」
メローネが指差した先にあるファーストフードの看板を見て、イルーゾォは首を縦に振った。

*****

「でも、まさかイルと再会できるなんてなぁ。」
ハンバーガーに齧り付きながら笑うメローネに、イルーゾォは呆れたような顔をしながら、シェイクをずびりと吸い込んだ。
「お前、相変わらず食い方汚ねぇのな……」
「イルこそ、人の事言えないでしょ。
 ストロー噛む癖。」
へらりと笑いながら、リーダーにもホルマジオにも指摘され、プロシュートに怒られ続けたその悪癖を指摘するメローネに、イルーゾォはムッとしたように眉をひそめる。
「その表情も。
 懐かしいなぁ。
 ……イル、友達いないでしょ?」
「お前こそ。」
頬杖をつきながら、意地の悪い目付きで笑うメローネに、イルーゾォは苛立ちを叩きつけるように、持っていたシェイクを乱暴にテーブルに置く。
カツン、と、思ったよりも大きな音が響いたが、元々騒がしい店内でそんな音を気にする人はいなかった。
「つか、友達作る気になれなくてさ。」
イルーゾォのその様子に少しだけ苦笑しつつ、どこか寂しげな表情で呟くメローネに、イルーゾォも共感を示すようにその目を見つめた。
「……オレもお前とおんなじようなもんだし。」
そう言ってポテトを1本摘まむと、俯きながらもぐもぐと咀嚼する。
「……オレらだけなのかなぁ……
 イルーゾォはどう思う?」
メローネもイルーゾォと同じようにポテトを口に放り込み、コーラで流し込みながら、呟くように問い掛ける。
それを聞いたイルーゾォは再び顔を上げた。
「オレらがいてリーダーがいないなんて有り得ない。
 絶対、他の奴らもいると思う。」
確信しているかのようなはっきりとした口調とその強い目線に、メローネはにっこりと笑った。
「じゃあさ、一緒に探してみようぜ?
 昔の仲間。」
イルーゾォは鋭い目線のまま、メローネのその案に同意をするように口角を上げた。

*****

「フーゴ見つけた。」
「は?」
秋も深まりつつあるこの時期に何故公園での約束なのか、と、そんな事を思いつつも律儀に向かったその公園で、顔を合わせたその瞬間に告げられたメローネの発言の内容に、イルーゾォはあからさまに顔を歪めた。
そんなイルーゾォの様子に頓着することなく、メローネはぺらぺらと喋り続ける。
そんなところも昔と変わりない。
イルーゾォは半ば呆れながら、その話を聞くともなしに聞く、というより聞き流しながら、風に揺れる桜の枝を眺める。
その葉はすっかり赤く色付いていた。
「同じ学校の特進コースにいた。しかも同じ学年。
 アイツ今でも金持ちの秀才らしいぜ。
 学年トップの成績だし。
 なんだか不公平だよなぁ。」
「ふーん。」
イルーゾォは興味なさそうに相槌を打つと、手に持っていた残り少ない缶コーヒーで最後の暖を取るようにそれを持ち直す。
「興味なさそ。」
「当たり前だろ。
 フーゴなんかよりリーダーとかの情報持ってこいよ。」
イルーゾォはそう吐き捨てるように呟くと、冷めていたその缶コーヒーを一気に呷った。
それを飲み切ったところで、メローネのスマホがピロロンと鳴る。
メールの着信音だったらしい。
メローネは少しの間スマホを確認してからイルーゾォの方へ顔を向けた。
「ちょっと待ってて!」
そう言って、イルーゾォが何か言うより先に公園の出入り口へとさっさと走り去っていく。
その後ろ姿を見送りながら、イルーゾォは溜め息を吐いた。
公園の東屋に据え付けられたテーブルに頬杖をつきながら、近くの池を眺める。
池では2羽の水鳥が優雅にその水面を漂っていた。
「おーい。」
すっかりぼーっとしていたイルーゾォはゆっくりと声のした方へ振り返る。
メローネが手を振りながら戻ってくるところだった。
メローネの後ろの人影に気が付いて、走るメローネとは対称的にゆっくりと近付いてくるその人影の方へと視線を向ける。
「げ、フーゴ?
 マジかよ……」
胡乱げな表情でメローネを見上げる。
ベンチにちょこんと座るイルーゾォの姿を確認したフーゴもまた、イルーゾォと同じように気まずそうな表情をしていたが、メローネはへらりと笑っただけだった。
「だってさ、関係者には違いないじゃん。」
イルーゾォは黙ったままフーゴに視線を遣る。
確かに関係者には違いないだろうが、それを笑いながら『そうだね』と言える程、イルーゾォの気持ちにはまだ整理がついてなかったし、それはイルーゾォと同じような表情で棒立ちしているフーゴも同様だろう。
だが、あの時ポンペイで何があったのか、そしてイルーゾォが最終的にフーゴのスタンドで絶命したことなど、おそらくメローネには知る時間も余裕も無かっただろうから、2人の心情に気が回らなくても仕方の無いことかもしれなかった。
そもそもメローネがデリカシーのある性格をしていないことなど、イルーゾォはその長かった付き合いで痛い程知っている。
「とりあえず、暖かいところでゆっくり話しようぜ!」
「……いい加減、解放してくれないか?
 同じチームの2人で話してくれ……」
メローネは冷たくそう言い放って立ち去ろうとするフーゴの腕を真顔で掴んだ。
「いやいや、お前も来いって。」
「は?」
フーゴは眉をひそめ、あからさまに不機嫌そうな表情でイルーゾォの方に視線を向ける。
おそらくはイルーゾォからも自分を解放するように言って欲しい、という事だろう。
イルーゾォはそう理解したが、『こう』と言い出したら聞かない、割と頑固なメローネの性格をよく知っていたので、メローネの表情を横目でちらりと確認した後、諦めたような表情で溜め息を吐いただけだった。
「……せっかく再会できたんだし、あったかいコーヒーと美味しいケーキでも奢ってくれよ。
 今でも金持ちなんだろ?
 メローネからそう聞いたけど。」
フーゴに負けず劣らず、不機嫌そうな表情でフーゴを見上げる。
その顔を見て、自分の身が置かれた状況を理解したらしいフーゴも諦めたように溜め息を吐いた。
フーゴにはイルーゾォにケーキを奢る義理など無かったが、前世での事もあってか、イルーゾォのその要望を足蹴にするのも何だか憚られて、フーゴは苛立ちを紛らわせるように乱暴に髪をかき上げる。
小さな声でぶっきらぼうに「まぁ……、構いませんけど」と答えるフーゴを見て、メローネは満足そうに笑うと、その腕を掴んだまま先頭を切って歩きだした。

*****

とりあえず適当に入った人の少ない喫茶店で、フーゴは不機嫌そうな表情を崩さぬまま、イルーゾォにメニューを差し出した。
「それで何頼みますか?」
そのメニューを、イルーゾォが受け取るよりも先にメローネが持っていく。
「何にしようかなぁ。」
「おい、お前には奢らないからな?
 大体、女性が先だろ。」
フーゴがそのメニューを取り返すように手を伸ばすが、メローネはひらりとそれを躱した。
「えー?イルだけズルい。
 それにイルは元々男の子だし。
 フーゴも知ってるだろ?」
メローネの発言にフーゴは眉をひそめて、怒りとも呆れともつかない表情で大きく溜め息を吐く。
大いに呆れている、と言った方が正しいかもしれない。
「元々男性だろうが何だろうが、今現在、女性であることには違いない。
 そもそもこんな寒空の下、吹きっさらしの公園で約束するとか、デリカシーが無いにも程があるだろ?」
フーゴの指摘に、メローネはへらりと笑い返しただけだった。
「まぁ、そういう意見もあるよね。
 でもイルにはメニューいらないと思うよ、ね?」
イルーゾォに向かって、に、と歯を出して笑い掛ける。
「……オレはティラミスでいい。
 あとコーヒー。」
イルーゾォは溜め息を吐きながら、自身のオーダーを呟く。
フーゴは2人の一連のやり取りを眺めた後、呆れたような表情でウェイトレスに声を掛けた。
程なくしてテーブルに運ばれたケーキを頬張りながら、メローネがイルーゾォに顔を向ける。
「それで、イルーゾォは昔の知り合い見つけた?」
「……そう言うメローネこそ、どうなんだ?」
「んー……
 イルとフーゴだけだな、今んとこ。
 つか、まさかイルが女の子になってるとは思わなかったし。
 もしかしたら他にも女の子になってる奴がいるのかも。
 フーゴは?」
「……お前と同じだ。
 さっき話しただろ?」
溜め息を吐きながらそう言って、コーヒーに口を付ける。
イルーゾォはフーゴの俯いた顔を見て、仲間に再会出来てもいないうちにメローネに見つかった上、ただただ彼のペースに巻き込まれてしまったに違いない彼に、少しだけ同情した。
「で、イルは?」
再び投げ掛けられたメローネの質問に、イルーゾォは気まずそうな表情でフォークを置くと、気持ちを落ち着けるように、ごくり、と残っていたコーヒーを飲み干した。
コーヒーカップをソーサーの上に戻す。
「……アバッキオなら、こないだ見掛けた。」
「へー?
 どこで?」
興味津々な瞳でメローネがイルーゾォの顔を覗き込む。
フーゴもその名前に顔を上げた。
イルーゾォはそんな2人の顔を見回してから、バツの悪そうな顔をして、ゆっくりと口を開いた。
「……学校の近くの交番に立ってた。」

*****

その2日後、3人はイルーゾォがアバッキオを見つけたという交番の近くに集まっていた。
少し離れた物陰から件の警官の様子を窺う。
「あれ、アバッキオだろ?」
イルーゾォはそう言ってフーゴの方へ顔を向ける。
フーゴは無言で首を縦に振った。
「やっぱり。」
それを聞いたメローネは物陰から顔を出す。
アバッキオは背筋を伸ばしたきれいな姿勢で交番の前に立っていた。
真面目で優しそうなお巡りさんの姿そのものである。
「かっこいいお巡りさんがいるって、学校中で噂になってるぜ。
 なんか腹立つよな。」
ちょこんとしゃがみこみ、メローネの下から顔を出したイルーゾォが小さく呟く。
「まぁ、あの容姿だもんなぁ。
 噂にもなるよね。」
メローネも小さな声でイルーゾォに相槌を打った。
ここからでは相当大きな声を出さないと彼には聞こえないだろう。
警戒しすぎて逆に怪しくなっている2人の姿に、彼らは本当にあの時戦った暗殺チームの奴らなのか、と、フーゴは呆れながら溜め息を吐いた。
そんなフーゴの呆れなど意に介さず、メローネはフーゴの方に振り返る。
「お前が話し掛けてこいよ。」
「断る。
 お前らが探してんだろ?自分でやれよ。」
冷たく言い放つフーゴに、メローネは驚いたように目を丸くした。
フーゴがかつての仲間たちに素直に声を掛けられないのは、前世での自身の選択が後悔の念として強く心に残っているからなのだが――フーゴはそのせいでアバッキオとナランチャが死んだと今でも思っている――、2人の死後に起こったその出来事を彼らが知っているはずもなかった。
「は?
 お前の仲間だろ?
 オレらが行ったところで話通じないかもしんないし、逆にややこしくなっちゃうかもしんないじゃん。」
「いや、そうとは限らないだろ?」
フーゴはそう言いながら、イルーゾォの方へ視線を向ける。
「……性格悪いな、お前。」
「どういたしまして。」
むくれた顔をするイルーゾォと澄ました顔のフーゴを交互に見回して、メローネはへらりと笑った。
「えー、2人だけの秘密かよ。
 なんかエロい。」
イルーゾォは澄ました顔で自分を見下ろすフーゴを一瞥すると、ムッとした表情でへらへらしているメローネを見上げた。
「何がだよ。
 つか、もう帰ろ。
 どうせこいつチキンだし、話し掛けるつもりもそんな勇気もないぜ。
 オレだって絶対ヤダ。」
イルーゾォはふくれっ面のまま立ち上がると、アバッキオにも2人にも背を向け、ずかずかと歩きだした。

*****

交番から離れた場所にある駅前の喫茶店で、3人は黙ったまま、ただ黙々とケーキを食べていた。
ちなみに、ケーキは今回もまたフーゴの奢りである。
店に入る前にその件で軽く一悶着あったのだが、最終的にはフーゴが折れた。
2人はそれを金持ちの余裕だと思って、きっちりと集るつもりだったのだが、フーゴもそんな2人の魂胆に気が付いていたので、もう何か言うつもりはなかった。
実際2人が見抜いたように、フーゴにはそれだけの余裕がある。
ケーキを食べ終わり、最初に口を開いたのはフーゴだった。
「……お前らはコッチのこと知ってるみたいだけど、オレはお前らのこと何も知らないからな?
 協力しろと言われても……」
「そう言うと思って、似顔絵描いてきたぜ!」
直前までとは打って変わり、フーゴのセリフを遮りながら嬉々としてノートを取り出すメローネを見て、イルーゾォは少しだけ悪い予感がした。
対して、フーゴはメローネの事を知らないせいか、コーヒーに口を付けながら興味深そうにそのノートを見つめている。
満面の笑みのメローネが開いたそのページを見て、フーゴは眉をひそめ、ぽかりと口を開いたまま、その動きを止めた。
ノートには稚拙な絵が7つ並んでいた。
かろうじてそれが人の顔であることが想像できるレベルで、絵が下手だとしてもその限界を遥かに越えている。
フーゴはしばらくの間、絶句した後、静かにコーヒーカップをテーブルに置いた。
「バカにしてるのか?
 こんな似顔絵で人を探せるわけないだろうがぁっっっっっ!」
フーゴの怒鳴り声が喫茶店内に響く。
それなりに人の声が響く店内ではあったのだが、突如響いたその怒声に、客やフロアの店員どころか厨房にいた店員までもが顔を覗かせ、声のした方へ視線を向ける。
「お、落ち着けよ、フーゴ!
 つかメローネ、お前今も変わらずめちゃくちゃ下手くそなんだな……」
イルーゾォは顔を赤くしながらもフーゴに宥めるような声を掛け、呆れた顔をメローネに向けた。
「えー……
 うまく描けたと思ったんだけどなぁ。」
メローネはフーゴの怒りもイルーゾォの呆れも意に介さない様子でへらりと笑う。
そんなメローネの反応にフーゴの怒りが増幅されていくのを隣でひしひしと感じながら、イルーゾォは眉をひそめたまま、慌てて口を開いた。
「オレ、オレが描き直すから。」
メローネの手からノートを奪い、鞄から筆記具を取り出すと、新しいページにすらすらと似顔絵と名前を描き始める。
「うわー。
 昔も今も相変わらずうまいねぇ……
 さっすが、イル。」
にっこりと笑うメローネを上目使いに睨み付けながら、イルーゾォは暗殺チームの残り7人に加え、丁寧にブチャラティチームのメンバーの似顔絵まで描いた。
「これなら分かるだろ?」
イルーゾォはそう言いながらフーゴにノートを差し出す。
フーゴは感心したような表情でそのノートに描かれた顔をゆっくりと見回してから、静かに口を開いた。
「この男、なら見た事がある。」
そう言いながらフーゴが指差したのは、ギアッチョの似顔絵だった。

*****

その一週間後、3人はフーゴがギアッチョを見かけた、というその場所に来ていた。
一週間前と同じように、物陰から静かに歩道の様子を探る。
怪しさも一週間前とそんなに変わりはなかったのだが、今さらそれを突っ込む気にもなれず、フーゴは腕を組んだまま、近くの壁に寄り掛かっていた。
3人黙ったまま息を潜めていると、向こうから男子中学生らしい3人組が歩いてくるのが見えた。
冷めた目で壁に寄り掛かるフーゴを横目に、メローネとイルーゾォはその3人組をじっと見つめる。
真ん中にいたのは、フーゴの予想通り、ギアッチョだった。
メローネとイルーゾォは目を見合わせる。
「ギアッチョだな。」
「あぁ、ギアッチョだ。」
2人の出した結論を聞いて、冷静な声でフーゴが2人の後頭部に問い掛ける。
「で、今度は誰が行くんだ?
 先に言っとくけど、オレは彼と面識はないからな?」
先に答えたのはイルーゾォだった。
「ここはメローネ、お前だろ?
 ギアッチョと仲良かったじゃん。」
「えー、イルが行ってきてよ!
 女の子が話し掛けた方が多分良いって。」
押し付けあう2人の様子を後ろから観察しながら、フーゴは呆れたように口を開いた。
「自分から話し掛けられないのか?
 なんだよ、お前らだって人のこと言えないじゃないか。」
フーゴの一言に、2人はムッとした顔をして振り返る。
「だってさ、なんか友達といるみたいだし……」
「そもそもオレらの事を覚えてるのかどうか……」
メローネとイルーゾォは反論するように小さく呟く。
実際、ギアッチョはメローネとイルーゾォには見覚えのない人らと談笑しながら歩いていた。
今の世界で出来た友人なのだろう。
そこにメローネとイルーゾォが入る余地があるのかどうか、そもそも入って良いものなのかどうか、2人にはよく分からなかった。
それに、自分たちがそうだったから全く気が付かなかったのだが、彼が過去の記憶をこの世界にも引き摺っているとは限らない。
メローネとイルーゾォは目を見合わせる。
2人はその戸惑いをはっきりと言葉にはしなかったが、それでもフーゴはその感情を感じ取り、視線で2人に理解を示した。
その戸惑いや感情を否定する程、フーゴは冷たい人間ではなかった。
むしろ、それらを共有できるのではないか、と思えるくらいには、2人に敵としてではない感情を抱き始めていたのも事実だった。
「それでどうするんだ?
 話し掛けるのか?」
フーゴの静かな問いに、メローネとイルーゾォはゆっくりと、でもしっかりとした意思を持った目で、首を横に振った。

*****

カーテンの隙間から差し込む眩しい光に、イルーゾォはぼんやりと瞼を上げた。
懐かしい夢を見ていた。
もう10年も前の事だ。
あの後も何度か3人で集まったが、たまたま繁華街で見掛けたホルマジオ――しかもイルーゾォと同じく女性だった――や、向かいの電車に乗っていた大学生っぽい雰囲気のナランチャしか見つけられなかった上に、結局、誰にも話し掛ける事は出来なかった。
仲間探しをしたのは1年弱の期間ではあったが、あの当時、明らかに人間関係やコミュニケーション能力に問題のあった高校生3人が認識できる世界なんて、どんなに頑張ったところでそんなものだっただろう。
彼らは普通に充実した今の世界を生きていて、自分たちはそれを確認できただけで満足してしまった、というのもあるのかもしれない。
イルーゾォだって、――未だにまともな友人はいないものの――、今では立派なしがないOLで、あの時の年齢を疾うに越えてしまった。
前世でギャングの暗殺チームに所属し、最強のスタンドを駆使しながら、明日の約束などないその日暮らしをしていたとは思えない程、普通の人間として平凡な生活を続けている。
きっとあの時、一瞬だけすれ違った仲間たちもそうなのだろうと思っているし、見つけられなかった仲間たちも――戦いあった彼らに対しても同じように――、そうに違いない、とイルーゾォは確信している。
やはり普通のサラリーマンになったメローネとは今でもたまに連絡を取り合って食事に行くぐらいの仲ではあるが、恋人じゃないし、当然セックスもしない。
そういう関係だし、互いにそれ以上の関係になるつもりはなかった。
それに、ここ最近は過去の思い出話もしなくなった。
話題に上がるのはもっぱら仕事への愚痴や最近ハマった物事など、日々の由無し言である。
フーゴの事は知らない。
彼は高校卒業と同時に普通に海外の有名な大学へ進学して、それきりだ。
今ならきっと、あの時よりももっと穏やかな気持ちで話も出来るだろうが、わざわざ連絡を取って会いたい、という程でもない。
彼の事だから、そつなくうまいことやっているんだろう。
そう思うことにしている。
イルーゾォが思い出に浸りながらぼんやりと毛布にくるまっていると、枕元のスマホからメッセージアプリの通知音が響いた。