竜胆3

「なんで此処が分かったんだよ。」
「……秘密。」
「今まで何処にいたんだよ。」
「……秘、」
「それも秘密かよ。」
イルーゾォの言葉を制するように、ギアッチョは呆れたように溜め息を吐いた。
イルーゾォは不貞腐れたような表情で椅子に座り直して、勢いよくプッタネスカを頬張る。その正面に座るギアッチョは大きめのポルペッティを丸ごと口に放り込んだ。
ふたりきりの食卓に会話は少ない。
だがギアッチョもイルーゾォも、互いに意識は食卓の上の料理よりも相手の一挙手一投足に向いていた。
目の前にいるギアッチョもイルーゾォも、互いの二年前の記憶の中にいるギアッチョやイルーゾォと同じではない。
それなのに、プッタネスカもポルペッティも二年前のあの日々と変わらぬ味がして、ギアッチョはなんだか奇妙な気分になってきた。
プッタネスカはギアッチョの作ったプッタネスカの味がするし、ポルペッティはイルーゾォの作ったポルペッティの味がする。
ギアッチョは久しぶりに神経を張り詰めさせたせいなのか、混乱し始めた頭を落ち着かせるように、目の前のワインで口の中のポルペッティを流し込んだ。
ちなみに、このワインはイルーゾォが土産に持ってきたシチリアワインである。
ギアッチョは黙ったまま、正面にいるイルーゾォの左腕――ギアッチョの記憶と齟齬のある箇所――に視線を落とした。
あの日、鏡文字のメッセージを受け取ったギアッチョは『罠かもしれない』とは思いつつも、その文面に書かれた待ち合わせ場所へ向かったのだが、はたして、そこにイルーゾォは一人で立っていた。
左腕を失ってはいたが、それは見紛うことなくイルーゾォだった。
抱き合うことも涙することもなく、互いにただ「Ehi.」と声を掛け合っただけの、あっさりとした再会だった。
つい数時間前のことである。
そして、ギアッチョはイルーゾォを自身の住む小さな山小屋へと連れてきた。
『恋人同士』とは言えないまでも、それなりの関係を持つふたりだったのだが、だからといって、街のカフェで落ち着いて話を出来るような関係でもない。
待ち合わせをした街から山小屋までの間、ふたりはずっと黙ったまま。
ふたりが囲むテーブルの上の料理はふたりで作ったものなのだが、ふたり並んでキッチンに立っていたその間も、特に会話は弾まなかった。
言いたいことや聞きたいことがあったような気はするのに、言葉など何一つ出てこなかった。
初めから、聞きたいことも言いたいことも無かったのかもしれない。
『久しぶりだな』『左腕はどうした』『お前は変わらないな』『会いたかった』……
そんな会話のイメージよりも、未だにギアッチョの頭の中では『罠』という言葉が浮かんでは消えて、を繰り返しているのだが、イルーゾォもそんなギアッチョの思いに気付いているだろうし、同じことを考えているに違いなかった。
イルーゾォも一流――失敗した今では三流なのかもしれないが、それを言うのなら、ギアッチョも含め、暗殺チーム全員がそうである――の暗殺者である。
寂しくなかったと言えば互いに嘘にはなるのだが、それでも言葉が少ないのは『寂しさ』からくるもの、というより、互いに警戒し合っていることの証左ともいえた。
食卓の上には沈黙が重く横たわっている。
ギアッチョはフォークに刺したポルペッティを口に頬張る前に、再び、イルーゾォに向かって言葉を発した。
別に、この張り詰めて緊張し切った『空気』を入れ替えたい、と思ったわけではない。
「……この後どうするつもりだよ。」
ただ、聞くべきだ、という勘が働いたから聞いただけだ。
それだけ聞いて、フォークに串刺しにしていたポルペッティを口の中に放り込む。
その言葉にフォークを置いたイルーゾォは、自身のグラスに残っていたワインを一気に飲み干したかと思うと、ギアッチョの前にあったグラスのワインまで飲み干して、物音一つ立てず、空になったグラスをギアッチョに返すようにそっとテーブルに戻した。
「……何も決まってねぇよ。
 行く当てもねぇ。」
吐き捨てるように呟いて、今度はスプーンを手に取ると、目の前に置かれていた、イルーゾォの記憶にはいないギアッチョが作った大麦のスープを今日初めて口に入れる。
それは初めて食べる味がしたが、とても美味しいもののような気がした。
イルーゾォは目を閉じる。
もう彼処へ戻るつもりはない。
そもそも、あれはイルーゾォを追い出す為の余興に過ぎなかった。性格の悪い『姉』らしい、人の神経を逆撫でするだけの趣味の悪い余興――イルーゾォも他人のことは言えないが――である。
イルーゾォにとっては二度目の出奔だったが、三度目はない。
つまりイルーゾォにはもう、行く当ても頼る当てもない。
ゆっくりと目を開けて、ギアッチョの目を鋭く見つめる。
ギアッチョはイルーゾォの赤い瞳を見つめ返しながら、噛み砕いたポルペッティをゆっくりと飲み込んだ。