01
最中の顔が好きだと思った。
余裕の無い、劣情的な表情とこちらを見下ろす捕食者の眼。
昼間の、あのやる気のない死んだような魚の眼のあの男と同一人物とはとても思えなかった。
とはいえ、それをこの男に告げたことはない。
そもそも最中にしっかりとその表情を観察したことなどあるわけでもなかった。
ふとした拍子に目が合うと、この男は大体そんな表情をしていて、ドキリとした土方の方が自分の腕で顔を隠してしまうのが常だった。
男を受け入れることに、感情的にも身体的にも抵抗がない訳ではなかったが、土方は、この男の、あの眼が、表情が見たくて、こんな関係をズルズルと続けている。
隣で寝ているこの銀髪の男が、何を考えて自分を組み敷くかなど分からないし、分かる術もなかったが、少なくとも土方にとってこの関係は悪いものではなかった。
きっとこの男にとっても、そう悪くはないものではあるのだろう。こうして土方の誘いに乗るくらいなのだから。
とは言え、土方とて『こんな関係、どうしようもない』と頭で分かってはいる。秘密が露見した時のリスクが大きすぎるし、そもそも不毛だ。だが、普段のストレスを発散できる唯一の場だったし、あの眼を見てしまうと何も考えられなくなった。
真っ白になれるあの瞬間が苦しくて気持ち良い。
恋ではない、はずだ。
情があってはならない。
愛の囁きも優しい声もいらない。
この荒々しい呼吸音と水音だけでいい。
それだけで何もかも忘れてしまえるから。
考えることを放棄するように、この日の夜も土方は真っ白の向こう側へ意識を捨てた。
土方が目を覚ますと、暗がりの向こうに雨音が聞こえた。
まだ日の出には間があるようで、部屋の中は薄暗く、いつの間にか暖房は消えていたようで、うっすらと寒い。身体を起こすのが億劫で、土方は毛布に包まったまま、首だけを動かして周りの様子を伺った。
暗がりの中でも、となりで眠る男の銀髪ははっきりと目に捕らえることが出来た。
ぼんやりとそのふわふわとした銀髪を眺めながら、土方が起き上がろうとしたところで。
「職業病?
それともヤニ切れ?」
寝ていると思っていた銀時の声がして、土方は驚いたように身を強張らせた。
「・・・鬼の副長さんの癖にビビってやんの。」
そう茶化すように銀時が笑うと、土方は不貞腐れたようにベッドに寝直した。
「うっせぇ。
ビビったんじゃねぇ、驚いただけだ。」
「それ意味おんなじじゃね?」
軽く笑いながら、銀時は窓の方に顔を向ける。
「雨、降ってるみたいだな。」
「・・・あぁ、そうだな。」
土方は上半身を起こし直して、枕元のタバコを手に取る。
「寝タバコは止めてくれよ。
火事起こしたら、マジで色んな意味でシャレになんねーから。」
銀時は気怠そうにそう言って、自分の頭をぐしゃりとかき混ぜた。土方はそんな銀時を軽く無視してタバコに火を点ける。
そこだけ赤く色が付いて、土方は何故か少しだけホッとした。
そんな土方の様子に銀時はため息を吐いて、タバコの火をぼんやりと見つめる。
「あーぁ、嫌になっちまうなぁ。
湿気のせいで髪の毛グシャグシャだし。」
「てめぇの頭はいつでもクルクルパーだろうが。」
「天パをバカにすんじゃねぇぞ。
ほんっっっっっとうに、湿気でどーしようもなんねぇんだからな。」
「知るか。」
サラサラとした黒髪を軽くかき上げる。
「けっ。」
イジケた様子で寝返りを打つ銀時に、土方は呆れたようにタバコの煙を吐いた。
ぼんやりとタバコの煙の行方を目で追いながら、ふと、ホテルでこんな風に会話するのは初めてだと気が付いた。
行為の前は酒を飲みながら軽い世間話位はする。だが行為中の会話などしたことはないし、少なくとも土方にはそんな余裕などなかった。
行為の後は泥のように深い眠りについていて、こんな風に夜中に起きることもない。
朝は土方が起きても銀時が眠りこけたままだったので、土方も声を掛けず、シャワーを浴びた後、律儀に枕元にお金を置き(この男に、ホテル代が払えるほどの甲斐性があるとは思えなかった)、ひとりで部屋を出ていた。
自分が寝ている間、銀時も同じように眠っているものだとばかり思っていたが、実際のところどうなのだろう。
さっきだって、少し動いただけなのに、銀時は目敏く声を掛けた。
今日はたまたま眠りが浅かっただけなのだろうか。
もしかして彼は、いつも起きていたのではないだろうか。
土方はそう思いながら、銀時の様子を伺う。
だがその後ろ姿は、やる気は無いくせに隙もない、いつもの万事屋の背中だった。
ただでさえ何を考えているのか分からない上に、その背中が言外に『お前は青臭いガキだ』と言っているようで、見ているだけで妙な焦燥感に駆られる。
土方は乱暴な手付きで、枕元の灰皿にタバコを擦り付けてから、俯いた。
会話がなくなると、静かな部屋に雨音が強く響いた。心なしか部屋もさっきより冷えてきているような気がする。
雨のせいか、なんだか頭が痛くなりそうだった。
ふいに、銀時はゆっくりと土方の方に顔を向けた。
その気配に気が付いて、土方も顔を上げる。
暗がりの中でも、銀時の目と合ったのが分かった。
昼間のやる気のない目ではない。
深夜の、あの熱を孕んだ瞳でもない。
土方が見たことのない色だった。
「なぁ、土方くん。」
妙に深刻そうな顔をして、銀時が口を開く。
「今ここでオレが土方くんのことを好きだって言ったら、」
銀時はそこで言葉を切った。
土方は何も言わずに目を閉じる。
雨音が妙に近くに聞こえた気がして、耳と目を塞ぐように、手のひらで顔を覆った。
『あーぁ。』と銀時は思った。
いつもそうだ。
いざ土方本人を前にすると何も言えなくなってしまう。
最中でも事後でも、妄想の中でなら、あの形のよい耳に甘い言葉を死ぬ程囁けるのに。
きっかけなんて、簡単に言えば衝動だった。
たまたま出くわした居酒屋で二人並んで飲んで、酔っ払った土方に欲情した。安宿に連れ込んで押し倒したのは自分からだが、逃げなかった土方も同罪だと思う。
そしてそれ以来、都合が合えばこうして二人、安宿にしけこんでいるのだから、土方もけっこう乗り気なのだ。
男同士でこんな、セフレな関係なんて不毛以外の何者でも無い。
頭では分かっているつもりでも、眉目秀麗で清廉で、真撰組副長を勤めるこの男が己の下で欲情に塗れている姿を見ると、何も考えられなくなってしまう。
特に目が好きだ。
漆黒の瞳が欲情に濡れて、艶かしく光るその瞬間が。
その瞬間が見たくて、いつも彼を追い詰めてしまう。
本当はもっと甘い言葉を囁きたいのに。
優しく抱き締めたいのに。
多分初めから、恋慕だったのだ。
それに気付かず、こうしてセフレな関係に収まってしまったことに、後悔していないと言えば嘘にはなるだろうが、行為の気持ち良さを考えると悪くはないと思ってしまう。
それも毎回タダで愉しめる。
そんな自分に呆れつつ、男なんて多かれ少なかれそんなもんだろと自分を正当化して、また自己嫌悪に陥る。
ワーッと叫びながら、そこら中をひたすら走り回りたい気分だった。
誰かに言ってしまえるのなら、もう少しは楽になれるのかもしれないが、生憎こんな秘密を共有できそうな人物に心当たりはなかった。
少しだけ身体を起こして、となりで眠る男の顔を覗き込む。
暗がりの中でも分かるくらい、きれいな寝顔をしていた。
泥のように眠るその男の髪の毛に触れる。
雨が降りだしそうな湿気の中で、それは腹立たしいほどサラサラとしていた。
もういっそのこと、二人一緒に夜の闇に溶けてしまえれば良いのに。
銀時はそう思いながら寝転ぶと、真っ暗な天井を見つめて、溜め息を吐きながら目を閉じた。