空っぽな愛が宿ったところ - 2/3

02

サアサアサアサアサア・・・・・・
雨の音を聞いて、億劫だと土方は思った。
ここ2ヶ月、仕事が立て込んでいて今日明日と久方ぶりの非番だった。
そして今日は、2ヶ月と一週間ぶりの逢瀬の約束の日でもある。
逢瀬、といっても甘いものではない。
セックスフレンドとセックスする、ただそれだけの日だった。
そして、雨。
別に行きたくないわけではなかったが、強くなってきた雨の音と時折吹く風の音を聞いていると、段々と億劫になってきたのが本音だった。
薄暗い部屋で、こうして横になりぼんやりしていて、もう二時間程が経っただろうか。
約束の時間は、疾うに過ぎていた。
約束の場所は、橋のたもとの屋台のおでん屋。
この雨では、屋台も出していないだろう。あの男だって、待っているはずがない。
そう思いながら、土方は上体を起こした。
いや、あの男は律儀に自分を待っている、そんな気がする。
土方は携帯電話に映る時間を確認して、溜め息を吐きながら立ち上がった。
夕刻過ぎの屯所内は、雨のせいか、とても静かでひんやりとしていた。
一人の隊士ともすれ違わなかった事に、土方が内心ホッとしていた所で、山崎が後ろから声を掛けた。
「お出掛けですか?副長。」
「・・・あ、あぁ。」
「雨、夜半から強くなるようなので、お気を付けて。
 明日も非番なんですから、無理は為さらぬようにしてください。」
土方の用件を知ってか知らずか、山崎は意味ありげにそう言って小さく会釈をすると、そのまま廊下の方に消えていった。
土方は頑丈そうな傘を見繕って手に取ると、ひっそりと玄関を出た。

屯所から約束の場所まで、歩いて30分位だろうか。
のんびり歩いているその間にも、雨は強くなってきているようで、その場所に着く頃には、土方の両足はびしょ濡れになってしまった。
「水も滴るいい男ってやつ?
 悪かねぇけど。」
土方が顔を上げると、果たして、約束の男はそこに立っていた。
「つーか遅ぇよ。
 銀さん、びしょ濡れになっちまったじゃん。すげぇ寒ぃし。
 熱燗奢れよ。」
「おめぇが金出した事なんて、一回でもあったか?」
土方がそう返すと、銀時は楽しそうに口角を上げたのだった。

適当に入った居酒屋のカウンターに座ると、銀時はホッとしたような表情をして、壁に掛けられたメニューの品定めを始めた。
「親仁、とりあえず熱燗な。
 あとは・・・何か適当に温かいツマミ頂戴。」
銀時が大きな声でそう言うと、カウンターの向こうの親仁は威勢の良い声で「はいよー」と返す。
その様子を、土方はぼんやりと眺めるだけだった。
「それにしても、どした?
 2時間も遅刻するなんて、珍しいじゃん。」
通された熱燗に口をつけながら問うその声に、土方を詰るようなトーンは無かった。
土方はタバコを咥えながら答えようとした所で、一拍置いた後、ただ正直に「億劫だった。」と短く答えた。
『仕事が』と嘘をついて取り繕っても良かった。
銀時は何も言わず、それで納得しただろう。
それでも馬鹿正直に土方は答えたのだった。土方自身にも理由は分からない。
「ふーん。
 億劫なのに、何で出て来た?」
その口調にもやはり、土方を詰るようなトーンは無かった。
純粋に気になっているだけのような、そんな声音だ。
土方はタバコに火を点けながら、「おめぇなら、待ってると思った」と静かな口調で答えた。
それを聞いた銀時は少しだけ目を伏せて、それからお猪口を煽り、立ち上がる。
土方が「どうした」と問う間もなく、銀時は土方の手首を掴むと「親仁、悪ぃ。勘定。」と言いながら数枚の千円札をカウンターに置いて、そのまま土方を引き摺るように店を出たのだった。

本格的に強くなってきた雨の中、土方は何も言わず、銀時に引き摺られるまま、後ろに付いていく。
傘が上手く差せないせいで、土方の半身はずぶ濡れだったが、やはり黙ったまま、前を歩く銀時は全身ずぶ濡れなのが、街灯の少ない夜の闇の中でも分かった。
最初に見つけた宿に入るだろうと、ぼんやりした頭で思った土方の予想通り、銀時は最初に見つけた宿に入っていった。

適当に入った部屋はうすら寒く、少しだけ湿気を含んだ空気がなんだか息苦しかった。
ずぶ濡れの銀時を、半ば無理矢理浴室に押し込めてから、土方はベッドの傍らにあった小さなソファに座る。
銀時の態度のおかしさに気付かぬ程、土方も間抜けではない。
そして、何が銀時をあの行動に焚き付けたか、分からぬ程、洞察力が無い訳でも無い。
『おめぇなら、待ってると思った』
あの科白だろう。
彼に何かを焚き付けたのは。
その理由は正直よく分かっていなかったが、擦れたように見せて意外とロマンティストで初なあの男だから、何か感じることがあったのだろう。
土方はそう考えながらタバコに火を点けようとして、手を下ろした。
部屋の中はうすら寒かったが、暖房を点ける気にもなれなくて、薄暗がりの中で暫く土方は逡巡した後、何かを決意するように立ち上がった。

土方が浴室の扉を開けると、銀時はちょうどシャワーを浴びている所だった。
銀時は驚いたように振り返る。一緒に風呂に入った事など、二人が爛れた関係になって1年程が経つが、一度も無かった。
「何、我慢出来ねぇの?」と揶揄るその声が少し震えている事を、土方は聞き逃さなかったが、あくまで普段通りに振る舞った。
「うるせぇ。
 部屋が寒ぃんだよ。」
そう言って、銀時の手からシャワーを引ったくるように奪う。
シャワーのお湯は温かくて、土方は何だかホッとした。
奪い取ったシャワーで頭からお湯を浴びる。
『我慢出来ねぇの?』などと揶揄った癖に、銀時は湯船に浸かり何もせず、ただ土方の身体を流れるお湯の行方を眺めている。
無言の空間に、お湯の流れる音だけが響いた。
土方が湯船に足を入れ、銀時の隣に陣取っても、銀時は指一本土方に触れてこようとしなかった。
肩が少し触れ合っただけだった。

土方が備品の冷蔵庫を開けると、ミネラルウォーターが入っていた。
小銭を入れ二本取り出すと、一本を銀時の方に投げる。
ベッドに座り、ぼんやりとしている割には、銀時は的確にソレをキャッチした。
「税金泥棒はやっぱ違ぇな。
 相場の3倍だぜ、コレ。」
「おめぇがコンビニにも寄らねぇからだろ。
 このクルクルパー。」
そう悪態を吐きながら水を一口飲むと、土方はベッドに横たわった。
部屋の中はやはりうすら寒くて、土方は毛布を被る。
銀時はベッドに腰掛けたまま動かなかった。
いつものように土方に覆い被さる事もなく、手に取ったミネラルウォーターに視線を落としたまま、動かない。
『何だかもう疲れた』
土方は横になっただけで、眠気に襲われた。
動かぬままの、その広く筋肉質な背中を毛布の隙間から見つめる。
「寝んぞ。」
そう言って、土方は銀時の腕を取ると、無理矢理布団に倒し、毛布を被せる。
何か言おうとする銀時の口を塞ぐように、「寝んぞ。」ともう一度言うと、土方は銀時を胸元に抱き寄せるようにして目を閉じた。

目が覚めて自分の体勢に気が付いた時、銀時は激しく後悔した。
土方に抱き寄せられた所までは記憶に残っている。
そのまま土方の胸元に顔を埋め、抱き寄せられるようにして眠っていたらしい。
なんだ、この状態は。
コレではどこかの甘えたガキではないか。
自分の役目は、土方を解放することだったはずだ。
それが例え一瞬の事だとしても。
それなのに。
雨が強くなることなんて、分かっていた。
約束したおでん屋の屋台が、あの雨では出ないことなど分かっていた筈なのに。
それでも帰れば良かったのだ。
せいぜい10分待った所で、今日はない、と。
そうすれば、気紛れで気楽な関係でいられたはずなのに。
それなのに、家を出て、土方がやって来るまで待ってしまったのは・・・・・・
頭の片隅で、どんなに遅れても、必ず土方は来ると思ってしまったのだ。
そう思ったら、そこから一歩も動けなくなった。
本当に大雨の暗がりの中から土方が姿を現した時、思わず抱き締めそうになったのを我慢したのは、よくやったと思う。
だが、土方が綺麗な横顔で「おめぇなら、待ってると思った」と言った時、銀時の中で何かが弾けた。
そして、その結果がこのザマだ。
どうして今日に限って、土方はまだ寝ているのか。
いつもなら、銀時が起きるよりずっと前に、一人帰ってしまうのに。
今日は起きる気配すらなく、青白いが穏やかな寝顔で深い眠りについている。
このまま寝起きを襲ってしまえば、また今日からただのセフレに戻れるだろう。
でもそんな気にはなれなかった。
はじめから、自分が欲しいのは土方の身体ではなく心だったのだから。
土方の胸元に顔を埋めたまま、深呼吸をする。
肺の中まで土方でいっぱいになったような気がして、何だか泣きたくなった。
土方が起きたとき、自分はどんな顔をして、どんな言葉を掛ければ良いのだろう。
どんなに考えても、答えは見つかりそうになかった。

土方の胸元に抱き付くようにして寝ている銀時に気が付いて、寝起きの土方の頭は、一気に覚醒した。
なんでこんな事になっているのか。
土方の記憶では、せいぜい胸元にこの男の額が当たるか当たらないか、その程度の距離感だったはずだ。
このままでは体を起こす事すら儘ならない。
とはいえ、今日は非番だからまぁ良いかと思い直して、そのクルクルと光る髪の毛を摘まんでみた。
抱き寄せて眠りに就くなど、初めての事だった。
今そうしないと、この男はベッドに座り俯いたまま、夜を明かしてしまうのではないか。
そして、これが最後になるのではないか。
そう思ったら、頭で考えるより先に体が動いた。咄嗟に腕を引いて抱き寄せた。
さすがに、その衝動の正体が分からない程、鈍感ではない。
もう逃げられないのだ、自分も、この男も。
さて、起きたらなんと声を掛けようか。